学び直す大人の性教育

性は秘め事? 科学的な知識は「お守りになる」

性教育を十分に受けた経験がないまま大人になった中高年世代が、自身の体調の変化や、職場での健康配慮、家庭における性教育で、悩んだりモヤモヤしたりする様子を3回にわたってリポートしてきた。連載を通して浮かび上がったのは、性を秘め事とせず、科学的に捉えることの大切さ。最終回は、性ホルモンが男女の身体に作用するメカニズムや、性を科学的に学ぶ意義について専門家から話を聞いた。


男性の「正常」を知る


連載1回目は「下着の中」の悩みを抱えながら、専門医にたどり着けない中高年男性について取り上げた。こうした現状を専門医はどう受け止めているのだろう。

連載1回目【学び直す大人の性教育】「男性として自信失う」 打ち明けられない性の悩み

「男性には人に弱みを見せたくないという気持ちが強く、病院嫌いの人が多いのかもしれません」と語るのは、順天堂医院(東京都文京区)の泌尿器科でメンズヘルス外来を担当する白川智也医師だ。

白川医師は男性更年期障害の診察にも携わっている。男性更年期障害の症状は、性機能面、精神面、身体面の3種類に分けられるが、それらが重複することも多い。

患者からよく聞くのは「鬱病と男性更年期障害のメンタル的な症状は非常に似ていて、精神科と泌尿器科のどちらを先に受診すればいいか分からなかった」「勃起や射精の悩みについて相談するのが恥ずかしく、受診をためらってしまっていた」という声だ。

白川医師が中高年男性に伝えたいのは、男性機能の「正常」を理解しておくことの大切さ。それが男性更年期障害などの「異常」に気がつく大きな助けになるという。

女性にとっても、パートナーや家族の不調に気がつくきっかけになるため、メンズヘルスに関する学びは重要だ。


男性機能の仕組みとは


男性は思春期に訪れる二次性徴で精巣が発達し、男性ホルモンである「テストステロン」の分泌が急増する。

「三大欲求の一つといわれる性欲ですが、思春期以降の『性欲上昇』は、男性にとっては、あくまで『正常』であることを理解する必要があります」(白川医師)

「性欲」や「勃起」は男性にとって健康のバロメーターの一つといえるそうだ。

「これまでの研究から、男性は就寝中に3~4回勃起することが知られています。その中で朝に起きているのがいわゆる『朝立ち』です。定期的な朝立ちがあれば、性機能はある程度保たれているといえます。性欲低下や勃起力低下は年齢のせいだと捉える方が多いですが、実は男性更年期症状の始まりのサインかもしれません」

解剖学の観点からは、精巣のサイズを知っておくことも大切。「精巣は精子やテストステロンを作る〝工場〟。小さい場合、テストステロン分泌機能や精子を作る作用が低下している可能性もある」(白川医師)からだ。

成人男性は親指と人さし指でつくる輪のOKサインくらいが目安になるそうだ。「あくまで目安でOKサインより小さくても問題ない男性は多い。ただ不妊治療に悩むなど何か症状がある場合は泌尿器科を受診してほしい」と語る。


こうした「正常」を学んだうえで、テストステロンが加齢とともに低下する分泌の推移や、性機能に働くだけでなく、筋肉や骨を強くし、動脈硬化の予防や、造血作用の促進、認知機能にも影響する役割があること、そしてホルモン異常や加齢による変化で起こり得る症状について学ぶことが大切だ。


男性更年期障害の認知拡大を


白川医師が、泌尿器科医として課題を感じるのは、一般の人にとどまらず、産業医をはじめ、他の診療科においても「男性更年期障害」があまり知られていないことだ。

「男性更年期障害は、労働環境やメンタルの不調、内科疾患が原因のこともあり、産業医や他科との連携は非常に重要です。社会的にはもちろん、医療者側の認知度や理解でさえもいまだ十分だとはいえません」と指摘。

泌尿器科だけでなく、各科での総合的な治療が必要な症例も少なくないため、「今後さらに認知度が高まることを期待したい」と語る。

企業における定年延長の傾向は続き、誰もが長く働く時代だからこそ、男性特有の症状への理解も必要になっているといえそうだ。


知識を持てば思いやりにつながる


男性特有の困りごとに先んじて、課題解決への取り組みが浸透しつつあるのが、女性特有の健康問題。連載2回目では、女性従業員への健康配慮を求められる管理職の声を拾った。

連載2回目【学び直す大人の性教育】「考えたこともなかった」生理、不妊治療・・・働く女性への配慮に戸惑う男性と企業の本気度

記事では女性の健康課題ついて「ほとんど考えたこともなかった」という中高年男性の本音も紹介したが、男性が戸惑う背景には、女性特有の身体の仕組みに関する知識不足がありそうだ。

女性ホルモン製剤などを扱う医薬品メーカー「あすか製薬」が令和2年に20~50代の男女416人ずつを対象に実施した「生理(月経)をはじめとする女性ホルモンに関する男女の意識調査」によると、月経の「知識がある」と回答した男性は4割程度。月経に関する情報源について複数回答で尋ねた設問で、小中高の「学校教育」を選ばなかった男性は48・4%で、男性の2人に1人が月経を学校で学んだ記憶がないことが分かった。

産婦人科を専門とする高尾美穂医師は「男女ともに、月経のメカニズムをざっくりと知っておけば、職場や家庭で、体調の悪い女性に思いやりをもって接することができる」と語る。

女性だけでなく男性も押さえておきたい知識は「月経周期」だ。

月経は、ほぼひと月の間隔でめぐってくる。ひと月の間に、2種類の女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)がそれぞれ作用し、特徴の異なる4つの期間が順番に訪れる。


①月経期 妊娠がないと子宮内膜がはがれ、血液とともに排出される。子宮の収縮で強い痛みが生じる人も少なくない。その他、頭痛、胃痛、下痢なども生じやすい


②卵胞期 卵巣で卵子のもととなる卵胞が育ち始め、子宮内膜が厚くなる。心身ともに安定する


③排卵 卵胞から卵子が排出される。腹痛や頭痛などが起きる人もいる


④黄体期 妊娠に備え、子宮内膜がより厚くなる。イライラや抑鬱状態、便秘、むくみなどの強い不調は「PMS(月経前症候群)」と呼ばれる


この周期が順調にめぐるのが生理の「正常」だ。加齢に伴いホルモンバランスが崩れて起きる更年期症状は、生理周期のばらつきから気づくことができるという。

「ただ、月経もPMSも、更年期症状も個人差が大きいことを知っておいてほしい」と高尾医師は強調する。「人によって症状は異なることを知識として持っていれば、同性であれ異性であれ想像力が働く。知識があれば、声をかける言葉も変わり、そこに生まれる空気も、やさしいものに変化するのではないか」と話す。


性被害から守る「プライベートパーツ」の学び


連載3回目のテーマは「家庭での性教育」。ここでは、保護者が子供時代には学ばなかった「プライベートパーツ」という概念を取り上げた。

水着で隠れる部分(胸、お尻、性器)と口は、自分の許可なく、他人が見たり、触ったり、写真を撮ったりしてはいけない特別な場所であることを、幼児期から伝える大切さを紹介した。

連載3回目【学び直す大人の性教育】「エロ本から学べって・・・」 子供に性をどう教える? 保護者のモヤモヤ

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」に基づき、欧米などでは5~8歳の子供たちが学んでいるもので、「自分のからだに、誰が、どこに、どのような方法で触れることができるのかを決める権利を、誰もが持っている」という内容だ。

近年、このプライベートパーツの概念をはじめ、身体や生殖の知識だけでなく、性交や避妊、人権、ジェンダー、多様性、人間関係、そして性暴力の防止なども含めた「包括的性教育」と呼ばれる性の学びが日本でも注目されている。

プライベートパーツについて「子供たちを性トラブルから守る上で非常に重要」だと語るのは、若年層への性教育を続けている産婦人科医の高橋幸子医師だ。

高橋医師は日ごろ、性虐待の被害や若年妊娠の診察などを受け持っている。かつて成人した兄から性虐待を受けた小学2年と4年の姉妹を診察した。「プライベートパーツ」の言葉を学んだ経験がある妹が母親に報告したことで、事態が発覚したのだという。

「自分の体は自分のもので、大切なもの。だからこそ相手も大切にする。それが令和の時代に求められる『包括的性教育』の基本です」

自分の身体について科学的に知ることが、自分を大事にする第一歩になると、高橋医師は強調する。

「性被害にあったときに、科学的な用語で、どこに何をされたかをいえないと証拠にならない現実もあります。科学的な名称で部位をしゃべる子には、ちょっかいを出したらやっかいだなと、犯罪者も分かるので近寄ってこない。科学的な性の知識は、子供たちのお守りになるのです」


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