《チューリップの「夏色のおもいで」、アグネス・チャンさんの「ポケットいっぱいの秘密」の連続ヒットという順風満帆のスタートを切った松本さん。さらにその目の前に、作曲家、筒美京平さんが現れる。後に30年以上にわたってコンビを組むことになる、希代のヒットメーカーである》
僕は詞を書く人なので、ペアになる作曲家が必要です。そこで考えました。今、日本で一番才能がある作曲家は誰だろうか、と。頭に浮かんだのは、筒美京平さんでした。でも、僕は歌謡界では出たばかりの新人作詞家ですし、京平さんに連絡する術(すべ)もない。
すると、京平さんの方から、呼び出しがかかったんです。酒井政利さんから連絡がありました。酒井さんは、山口百恵さんや松田聖子さん、南沙織さん、キャンディーズ…と、数多くのスターを世に送り出したソニーの名ディレクターです。その酒井さんから、「筒美京平さんが松本君に会いたいとおっしゃっているので、一緒に仕事場に行ってくれないか」といわれたんです。
《筒美さんは「夏色のおもいで」を聞いて、大いにこの曲を気に入ったという。筒美さんに会うために、あれこれ画策するまでもなく、当の筒美さんの方から面会を求められたのだった》
京平さんは「夏色のおもいで」がすごく好きでした。「これこそヒット曲というんだよ。この詞は素晴らしい」と随分ほめてくれました。そして、こう言ったんです。「1年ぐらい、僕と一緒に仕事をしてくれないか」と。
ところで、「夏色のおもいで」は僕と京平さんとの仲を取り持ってくれましたが、(チューリップの)財津和夫さんはとまどったと思います。いきなり途中から僕が入ってきてしまったのですから。でも、彼はシンガー・ソングライターとして非常に優秀ですし、歌い手としても魅力的。彼と僕の相性もよかった。後に、彼に曲をお願いするようになりました。
《松本さんと財津さんのコンビによる名曲に、松田聖子さんの「白いパラソル」「野ばらのエチュード」、聖子さん初主演の映画「野菊の墓」の主題歌「花一色~野菊のささやき~」などがある》
僕はいろんな方とコンビを組んで曲を作るようになりますが、中でも京平さんとのコンビは特別でした。その京平さんとのコンビで初のヒット作となったのが太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」でした。
この曲では、1番から4番まである、長い詞を書きました。当時、アイドルの曲に限らず、こんなに長い詞はありませんでした。起承転結のある物語のような歌がひとつぐらいあってもいいんじゃないかと思ったんです。
歌謡界で長い曲が嫌がられるのは、テレビの歌番組に出演したときはワンコーラスだけで、なかなか最後まで歌わせてくれないという憂き目に遭うからです。しかも、この曲の場合、なぜ「木綿のハンカチーフ」なのか、最後の4番にならないとオチがわからないし、曲名部分も放送されません。でも、それでいいと思ったんです。
《「木綿のハンカチーフ」誕生をめぐるエピソードとして、書いた詞を筒美さんのもとへ持っていったとき、松本さんが「この詞には曲はつけられないだろう」と言い放った―という有名な秘話がある。本人に水を向けると…》
そんなことは言っていません。その話には、尾ひれがついています。僕が京平さんに向かって「曲をつけてみろ」なんて偉そうなことを言うはずがありません。(聞き手 古野英明)