海底のレクイエム

ビキニ環礁の「プリンツ・オイゲン」

20センチ砲を搭載したドイツ海軍の重巡洋艦として1940年に就役、戦艦「ビスマルク」とともに活躍した。先の大戦は生き残ったが、アメリカによる太平洋のビキニ環礁での原爆実験では、日本の戦艦「長門」などとともに標的艦となり、その後、曳航中に転覆沈没した

艦橋は転覆したさいに海底に接触して折れ、なかば海底に埋もれるように横倒しになっている(戸村裕行撮影)
艦橋は転覆したさいに海底に接触して折れ、なかば海底に埋もれるように横倒しになっている(戸村裕行撮影)

クワジェリン環礁に眠るドイツ海軍のアドミラル・ヒッパー級巡洋艦三番艦「プリンツ・オイゲン」は終戦後、アメリカ軍に接収され、「プリンス・ユージン(「ユージン」は「オイゲン」の英語読み)」となって調査を受けた後、ビキニ環礁での核実験の標的艦として使用された。

プリンツ・オイゲンは二度の核爆発によっても沈没しなかったために、調査と除染の目的でクワジェリン(南太平洋マーシャル諸島ラリック列島にある環礁)まで曳航されたが、損傷部からの浸水があり、沈没を防ぐために浅瀬に座礁させられた。現在も逆さまの状態で、当時のままの姿を見ることができる。

艦尾のプロペラなどは未だ水面に出ており、艦首で水深36メートルである。

「プリンツ・オイゲン」の艦首部を横から見る。ダイバーの大きさと比較すると、満載排水量1万8000トンの大型巡洋艦はさすがに大きく、シャープなクリッパーバウも往時の威容を留めている(戸村裕行撮影、2018年6月)
「プリンツ・オイゲン」の艦首部を横から見る。ダイバーの大きさと比較すると、満載排水量1万8000トンの大型巡洋艦はさすがに大きく、シャープなクリッパーバウも往時の威容を留めている(戸村裕行撮影、2018年6月)
前方から見た10.5センチ高角砲。写真手前には先の大戦中に増備された20ミリ4連装機銃が見える(戸村裕行撮影)
前方から見た10.5センチ高角砲。写真手前には先の大戦中に増備された20ミリ4連装機銃が見える(戸村裕行撮影)
後方から見た「プリンツ・オイゲン」のスクリュー。海面上に突き出しているのが中央の推進軸のもので、1979年に左舷側スクリューが回収される以前は三軸分、三基がならんでいたはずである(戸村裕行撮影)
後方から見た「プリンツ・オイゲン」のスクリュー。海面上に突き出しているのが中央の推進軸のもので、1979年に左舷側スクリューが回収される以前は三軸分、三基がならんでいたはずである(戸村裕行撮影)
艦内には椅子や机などが散らばっている。原爆実験に供された「プリンツ・オイゲン」であるが、ビキニ環礁までは回航要員が乗艦し艦内生活を送っていたわけで、艦内に生活感があっても不思議ではない(戸村裕行撮影)
艦内には椅子や机などが散らばっている。原爆実験に供された「プリンツ・オイゲン」であるが、ビキニ環礁までは回航要員が乗艦し艦内生活を送っていたわけで、艦内に生活感があっても不思議ではない(戸村裕行撮影)

水中写真家・戸村裕行

1982年、埼玉県生まれ。海底に眠る過去の大戦に起因する艦船や航空機などの撮影をライフワークとし、ミリタリー総合誌月刊『丸』にて連載を担当。それらを題材にした写真展「群青の追憶」を靖國神社遊就館を筆頭に日本各地で開催。主な著書に『蒼海の碑銘』。講演、執筆多数。

雑誌「丸」
昭和23年創刊、平成30年に70周年迎えた日本の代表的軍事雑誌。旧陸海軍の軍 艦、軍用機から各国の最新軍事情報、自衛隊、各種兵器のメカニズムなど幅広 い話題を扱う。発行元の潮書房光人新社は29年から産経新聞グループとなった 。毎月25日発売。

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