「わずか」な変化が困ります トイレ手すり訴訟から見える心のバリアフリー

トイレの手すりを使う様子を再現する女性。元勤務先とは別の場所で撮影した動画を裁判で提出した(女性の代理人弁護士提供)
トイレの手すりを使う様子を再現する女性。元勤務先とは別の場所で撮影した動画を裁判で提出した(女性の代理人弁護士提供)

難病で車いすを利用する女性が、勤務先だった病院側に慰謝料を求める訴訟を起こした。争点は、障害者用トイレの手すりを撤去したことが違法かどうか。たかが手すり一つ。されど女性にとっては職場環境を大きく左右する手すりだけに、訴訟提起を決意した。バリアフリーの理念が浸透し、障害者用トイレの整備は一般化しつつある。それでも、「わずか」と思いがちな変化が、当事者に多大な影響をもたらす現状が浮き彫りとなった。

「合理的配慮に欠ける」と提訴

提訴したのは、「ウェルナー症候群」を患う兵庫県伊丹市の女性(57)。同症候群は、外見や内臓の老化が通常より早く進む国指定の難病だ。

女性は平成30年秋から同県内の病院で働き始めた。当初は短い距離なら歩くことができたが、症状が悪化。休職して右足切断の手術を受けた。

職場復帰すると、女性が頻繁に使う1階のトイレが改修され、便器の両側にあった手すりが片方だけになっていた。

以前は両側の手すりを支えにして移動や着衣の上げ下げをしており、介助は不要だった。しかし、自身の体の変化に加え、片方の手すりが撤去されたことで状況は激変した。

訴状によると、手すりが片方になったことで車いすから便座に体を移すことが難しくなり、所要時間が約3倍に。間に合わずに着衣を汚してしまうこともあり、着替えの常備を余儀なくされた。上司に手すりの整備を求めたが、取り入れられなかったという。

女性は令和2年8月に退職。昨年2月には、手すりを撤去したことは障害者雇用促進法が定める「合理的配慮」に欠けるとして、病院側に500万円の損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。

「解決金50万円」で和解

病院側は当初、争う姿勢を示した。手すりの撤去は「介助スペースを広くするため」で、ほかの車いす利用者の利便性を向上させたと説明。「看護師に声をかければ補助してもらえるようにしていた」と女性への配慮も十分だったと反論した。

主張は平行線をたどるかに見えたが、今年10月、和解が成立。和解条項において病院側は、訴訟に至ったことに遺憾の意を表したほか、障害者を雇用する際は合理的配慮をするとともに女性に解決金50万円を支払うことになった。

「障害者の声を聞き、それを反映して職場環境を改革してほしい」。訴訟に踏み切った理由を女性はこう語った。和解を受け、「世の中にはいろいろな人が働いている。相手を思いやり、ちょっとした気配りができる社会になってほしい」と願った。病院側は「お答えすることは何もありません」としている。

「ずれ」をなくす

バリアフリーは社会に定着しつつある。国土交通省によると、鉄道駅やバスターミナルといった旅客施設(利用者の平均が1日3千人以上)での障害者用トイレの設置率は92%(令和2年度末)。しかし、見落とされがちな認識の「ずれ」が利便性を損ねることがある。

手すりの固定が緩い、「流す」ボタンが遠い…。車いすで生活する中村珍晴(たかはる)さん(34)=神戸市=は「健常者が作ったんだろうな」と感じることがある。

大学時代、アメリカンフットボールの試合中に脊髄を損傷した中村さん。現在は動画投稿サイト「ユーチューブ」で車いす生活を赤裸々に明かしたり、当事者の意見を紹介するサイトで障害者用トイレの必要性を解説する記事を書いたりしている。

そうした活動は、コミュニケーションの重要性を痛感しているからこそ。講師として勤務していた大学では、着任前から必要な支援を確認し、障害者用トイレを新設するといった対応がなされたため安心して働くことができた。「ハード面の整備も重要だが、周囲の人の心のバリアフリーも大切」と訴える。

こうした問題に詳しい近畿大の北川博巳(ひろし)准教授は「障害者雇用は進みつつあるが、雇用者側が求められている支援や設備を理解していないケースも多い」と指摘する。福祉や医療の専門家をアドバイザーとして派遣する制度もあるとして「当事者はもちろん、専門家も交えて話し合いながら最適解を導き出すことが重要だ」としている。(小川原咲)

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