サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会は決勝トーナメント1回戦が終了し、8強が出そろった。さて今回は、悲願の優勝を目指し、5度目のW杯に臨んでいるアルゼンチン代表のエース、リオネル・メッシを取り上げたい。
アタッカーとしてゴールを量産してきたバルセロナ(スペイン)時代とは役割が異なり、中央であまり動かずにゲームメークに徹することが多いのは、運動量のあった昔も、35歳となった今も、あまり変わらない。「王様の散歩」と揶揄(やゆ)されることもあるが、ゆったりとボールをつなぎ、機を見て一気に攻め込むのが、アルゼンチン代表の伝統のスタイルである。
メッシやディエゴ・マラドーナがつけてきた背番号10は、アルゼンチンでは「エンガンチェ」と特別な名前で呼ばれる。英語の「フック」の意味で、トップ下に陣取り、前線と中盤をつなぎ合わせ、パスのリズムを決め、攻撃のすべてをつかさどる。
今回のカタール大会は2020年にマラドーナが60歳で急死してから、初めてのW杯である。だからかもしれない。メッシに関して「マラドーナの後継者」というフレーズを以前よりも聞かなくなった。
パブロ・アイマール、ハビエル・サビオラ、カルロス・テベス、セルヒオ・アグエロ、そしてメッシ。いずれも「マラドーナの後継者」と呼ばれた選手たちだ。そのうちの一人、サビオラにインタビューしたことがある。時期は2006年。テベスとメッシが欧州で台頭し始めた時期だ。
「メッシは近い将来、世界でもトップに並ぶ選手として成長してくるはず。欧州のサッカーにもすぐなじんだし、能力も高い。テベスも同じ。これから2人の対比が始まると思うが、どちらも大物になるのは間違いない」と話したサビオラは、こう強調した。
「アルゼンチンはマラドーナの後継者をずっと探している。ある選手が好成績を収めたり、いいプレーをしたりすると、すぐにマラドーナとの比較が始まる。だが、僕を含めて誰も比べものにならない」
それから16年。後継者の候補であり続けたのはメッシだけだ。
マラドーナにあって、メッシにないもの。それは、アルゼンチン代表のチームメートたちとジュール・リメ杯を掲げる写真。手に入れたとき、メッシは母国の英雄と肩を並べることになるのだろうか。(編集委員 北川信行)
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取材した過去のW杯や欧州選手権でのエピソードを紹介します。