転換 日本防衛

中国、北朝鮮…「防衛力整備でやるべきこと決まっている」 千々和泰明・防衛研究所主任研究官

自民、公明両党の実務者による「安保3文書」改定に向けたワーキングチームの会合。反撃能力の保有について議論した=25日午後、国会内(矢島康弘撮影)
自民、公明両党の実務者による「安保3文書」改定に向けたワーキングチームの会合。反撃能力の保有について議論した=25日午後、国会内(矢島康弘撮影)

政府による国家安全保障戦略など「安保3文書」の改定作業が大詰めを迎える中、今後の日本防衛の在り方について、防衛省のシンクタンクである防衛研究所の千々和泰明主任研究官に聞いた。

千々和泰明・防衛研究所主任研究官
千々和泰明・防衛研究所主任研究官

昭和51年に閣議決定された「防衛計画の大綱」で示された「基盤的防衛力構想」は時代によってかなり変わっているし、解釈もいろいろある。最初の基盤的防衛力構想には3つの考え方があった。

1つ目は機能面でも地理的にもバランスのとれた防衛力という柱だ。2つ目が「限定的かつ小規模な侵略は独力で排除する」という、冷戦時代にずっと言ってきた考え方。3つ目が、当時はデタント(米ソ冷戦の緊張緩和)の時代だったので、状況が変われば防衛力をエクスパンション(拡大)するという考え方だった。

冷戦が終わると、平成7年に閣議決定された大綱で、限定・小規模侵略の独力排除やエクスパンションの考え方を削除した。一方、日本が「力の空白」にならないための必要最小限の防衛力が基盤的防衛力だと再定義した。基盤的防衛力構想は定義があやふやだったし、歴史の展開の中で定義を変えたり、構成要素を落としたりしているので「基盤的防衛力」はマジックワード化したところがある。

基盤的防衛力構想で一番よく知られていた姿は、やはり「脱脅威」という考え方だ。1980年代の国会答弁で基盤的防衛力構想は脅威対抗論だという説明をしてはいるが、「脱脅威」は必ずしも悪い話ではなかった。冷戦が終わり、脅威が低下したのに「脅威対抗」といってしまうと、防衛力も下げましょうという話になってしまいかねなかった。

今の状況で「脱脅威」は考えにくい。岸田文雄内閣が設置した防衛力強化のための有識者会議も報告書で「具体的な脅威となる能力に着目」することを求めている。中国の軍事的台頭や、北朝鮮の核能力の向上を考えたときに「脱脅威」は通用しなくなっている。

そもそも、平成22年に閣議決定した大綱で「動的防衛力」を掲げ、基盤的防衛力構想から脱却したということになっている。それなのに、いまだに基盤的防衛力構想的な考え方が残っているとするならば、一つは脅威をはっきり言いづらい雰囲気があるのかなというのが思い当たる。もう一つは、防衛力整備と運用の関係で、運用重視をどこまで進められるかということだ。最初の大綱を作ったときは、防衛力整備を優先し、その防衛力をどう運用するかというのは二の次になっていた。

現在はやることが決まっている。中国や北朝鮮を不安視する人は多い。そういう中で、方向がはっきりしているので、それを進めましょう、財源をどうしましょうという具体的な話になっている。(聞き手 杉本康士)

ちぢわ・やすあき 昭和53年、福岡県出身。大阪大大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査などを経て平成25年から現職。著書に『安全保障と防衛力の戦後史 1971~2010』(日本防衛学会猪木正道賞正賞)『戦争はいかに終結したか』(石橋湛山賞)など。

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