夜のハンバーガーショップに気になるおばあちゃんがいた。喧噪(けんそう)の中、一人ぽつんと席に着き、遅くまでずっとそこにいた。
当時懸案だったある団地の「ごみ屋敷」。わずかに開けた玄関ドアの隙間からけげんな表情を見せたのがそのおばあちゃんだった。
「お店でよくお見かけしますね」。胸の高さまで積み上がったごみのはざまで異臭をこらえて切り出した。70代のその女性は、恥じ入るように「あそこに行くと、みんなの声がするから」と応えた。
元OLでずっと独り身。足腰が弱くなり、エレベーターのない団地の4階からごみを持って下りるのが難しくなったという。汚い部屋を見られるのが恥ずかしく、行政の関与を拒んだ。周囲に責められてもどうしていいか分からず、日中はごみの山に身を潜めていたのだ。
コミュニティーソーシャルワーカーの先駆者
約20年前のその当時、この問題に対応できる制度はなかった。近隣からすれば迷惑千万。だがそんな「困った人」は、実は「困っている人」ではないのか-。