朝晴れエッセー

恋敵の本・12月5日

学生の頃、「檸檬(れもん)」に出会い、梶井基次郎さんのファンになった。彼のゴリラのような風貌も好みだった。外見と作品のギャップがたまらないと思った。

彼を知ろうと関連本にも手を伸ばし始めたある日、既に尾崎士郎さんと結婚している宇野千代さんに横恋慕していたことを知り、私の胸に大きな穴があいた。化粧もおしゃれもしない世間知らずの私とは正反対の女性ではないか。私は失恋したのだ。しかも完璧に。

先日、新聞で「98歳まで生きてわかった~」という興味をそそられるタイトルを目にした。著者は宇野千代とある。亡くなってからも本が出るのか、流石だ。

基次郎さんも見た目だけでなく彼女の才能や性格にもほれたのだろう。が、名前を見ただけで私の胸にまだ少し苦い物がこみあげてくる。もう半世紀もたつというのに。

「私、死なないような気がするの」。晩年の千代さんの言葉を知った頃から、面白い人かも、と思い始めてはいたのだ。

私も早世された基次郎さんの知らない齢を生きてきて、最近は老いを感じる日々である。これから先の長い時間を少しでも愉(たの)しく過ごすための知恵を人生の先輩から教えてもらわねばならない。恋敵が書いた本でも読んでみようか。


岡敬子(63) 東京都大田区

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