紙巻きたばこ「代替品」、がんのリスク減る? 害を低減する「ハームリダクション」を考える(中)

誰もが100歳まで生きることが当たり前になる時代に備え、産経新聞社が取り組んでいる「100歳時代プロジェクト」。健康長寿の妨げとして挙げられる「喫煙」のハームリダクション(害の低減)について考える3回シリーズの2回目は、喫煙とがんの関係について取り上げる。がんになる要因のひとつとして知られる喫煙だが、加熱式や電子たばこといった紙巻きたばこの代替品は、がんのリスクを減らす可能性があるのだろうか。現時点で分かっていることをまとめた。

「ハームリダクション」を考える(上)

厚生労働省の「人口動態統計」によると、令和2年に国内でがんで死亡した人は37万8385人で、39年連続で日本人の死因のトップとなっている。死亡者全体の約3割を占め、高齢化を背景にその数も増加傾向が続いている。新薬の開発など治療は日進月歩だが、がんにならないよう生活習慣を改め、がんを予防するという考え方は大切だ。

■日本人の半数ががんに

新たにがんと診断された人を登録する「全国がん登録」のデータ(令和元年)によると、日本人男性の65・5%、女性の51・2%が生涯でがんになるとされる。日本人に多いがんを部位別でみると、男性は前立腺、大腸、胃、肺、肝臓、女性は乳房、大腸、肺、胃、子宮の順に患者数が多い。一方、死者数の多いがんを部位別にみると、男性は肺、大腸、胃、膵臓(すいぞう)、肝臓の順、女性は大腸、肺、膵臓、乳房、胃の順となっている。

一般的に、「たばこを吸うとがんになる」といわれるが、それは本当なのか。国立がん研究センターがん対策研究所は「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究班」を立ち上げ、国内の疫学研究結果から、科学的な方法で日本人のがんのリスクについて検証している。

その結果、たばこを吸う人は、たばこを吸ったことがない人に比べ、がんのリスクが1・53倍(男性1・64倍、女性1・34倍)となることが分かった。特に喫煙の影響を受けやすいがんとして知られる肺がんでは、喫煙者は非喫煙者に比べ、リスクは4~5倍とされている。

もちろん、喫煙によりリスクが増すのは肺がんだけではない。研究班の研究では、肝臓、胃、大腸、食道、膵臓、子宮頸部(けいぶ)、頭頸部、膀胱(ぼうこう)のがんは、喫煙によりリスクが増すことが確実とされている。頭頸部のがんとは、口腔(こうくう)がんや咽頭がんなど、首から上の部位(脳と目を除く)にできるがんのことだ。さらに研究班は、急性骨髄性白血病も喫煙によりリスクが増すことがほぼ確実、乳がんもその可能性があるとしている。

■遺伝子を傷つける要因

では、喫煙がなぜ、がんの要因となるのか。その理由は、がんという病気のメカニズムを知ることで理解できる。人間の体は多くの細胞で構成されているが、これらの細胞の中にある遺伝子が傷つき、異常な細胞が増殖していく病気ががんだ。

紙巻きたばこは、タバコ葉を燃やしその煙を吸うものだが、煙にはタバコ葉そのものや添加物に含まれる物質はもちろん、それらの物質が燃やされることによってできるさまざまな化合物が含まれている。これらの化学物質の中には、がんを引き起こす「発がん性」を持つ有害物質が約70種類、確認されている。有害物質は、たばこを吸うことで肺に達し、血液を通じて全身に運ばれ、遺伝子に傷をつけるなどの悪さをして、がんの原因となると考えられている。

とはいえ、がんになる原因はさまざまで、他にもB型、C型肝炎ウイルスによるがんやヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸がんなどウイルスによって起こるがんもある。さまざまな要因が複合的に絡み合って起きるといえる。研究班は食品や飲料、栄養素などからもがんのリスクを調べているが、喫煙のように有害確実と示されるものは見つかっていない。

■禁煙した人と同等数値に

次に、たばこによるがんのリスクを下げるために、加熱式たばこが有効かどうかを調べた。まず、紙巻きたばこの有害性について、詳しくみてみよう。

たばこの有害性と聞くと多くの人が思い浮かべるのは「ニコチン」だ。ニコチンはタバコ葉に元から含まれている成分で、ニコチンそのものに発がん性は認められていないが、強い依存性をもっている。このニコチンはタバコ葉を使っている加熱式たばこにも含まれている。

一方、発がん性物質として挙げられる物質の多くは、燃焼によって生成される化学物質である。世界保健機関(WHO)が発がん性物質と指定したブタジエン、ベンゼン、アクロレイン、一酸化炭素などの物質が含まれる。国立保健医療科学院の研究では、複数の紙巻きたばこと加熱式たばこを比較した結果、燃焼に伴って発生するガス成分である前出の4種の発がん性物質は加熱式たばこで大きく低減していた。

成分だけでなく、実際に紙巻きたばこから加熱式たばこに切り替えた人を対象に行われた研究もある。米たばこ会社フィリップモリスの研究所に所属する研究者は、紙巻きたばこから加熱式たばこ、または禁煙した20~60代の日本人喫煙者160人を対象に、前出の4種の発がん性物質が、尿や血液からどれくらい検出されるかを調べた。

その結果、5日間の加熱式たばこ使用後、これら4種の物質の数値は、禁煙した人と同等まで下がっていることが確認された。この数値は試験が終了する90日目まで維持され、紙巻きたばこを吸い続けた人とは大きく差が開いた。加熱式たばこへの切り替えにより、発がん性物質の体内への取り込みが減っていることが示された。

ただ、中には禁煙者ほど減っていない発がん性物質もあり、全体としてのがんリスクをどの程度低減させるかは不明だ。また、別の研究では紙巻きたばこの喫煙者との間に有意な差が出た物質がほとんどなかったという結果も出ており、さらなる研究が待たれる。

【用語解説】ハームリダクション

薬物やアルコールなどの物質がもたらすリスクへのハーム(害)をリダクション(低減)させる取り組み。主に依存症治療の現場で用いられ、健康被害をもたらす行動習慣がすぐに改められない場合に、なるべく害の少ない方法や政策を取ることでリスクを低減させる。薬物乱用者のHIVや肝炎の感染を防ぐため、注射針や注射器を配って使いまわしをやめさせる施策などが例として知られる。

高リスクの「紙巻き」減らす意味でも有効

たばこのハームリダクションについてインタビューに応じる英国のがん専門医、ピーター・ハーパー氏
たばこのハームリダクションについてインタビューに応じる英国のがん専門医、ピーター・ハーパー氏

長年がんの治療に取り組み、たばこのハームリダクションに詳しい英ロンドン腫瘍学クリニック理事長でがん専門医のピーター・ハーパー氏に聞いた。

――たばこのハームリダクションという考え方は必要なのか

「がんの発生要因として最も上位に挙がる生活習慣は喫煙だ。リスクを下げるには禁煙が有効だが、日本で薬物による禁煙治療を受けた人の禁煙継続率は、治療終了から9カ月後で27・3%、1年後で8・2%、4年後で6%。一握りのラッキーな人は禁煙できるかもしれないが、喫煙をやめると手持ちぶさただったり口さみしかったりして、何かが必要という人も多い。それならば代替策を示し、最もリスクの高い紙巻きたばこの喫煙を減らしていくのは有効な考え方だ」

――日本でたばこのハームリダクションを進めるにはどうすればいいか

「日本人は他人に迷惑をかけないという意識が強く、新型コロナウイルスに対してもマスクやソーシャルディスタンスといった対策を守ってきた。たばこ対策においても、(副流煙が出ない)加熱式たばこが普及している。ただ、喫煙率が高い労働者層などでは禁煙施策が進んでいない。そうした層への働きかけが大事だ。また、医療関係者がもっと呼びかけに参加してほしい」

――医療関係者にハームリダクションを理解してもらうにはどうすればいいか

「医療関係者には、そもそも喫煙者が少ない。紙巻きたばこより有害性が低いと説明しても、それより喫煙をやめればいいと、ハームリダクションの考えに見向きもしないのが現状だ。加熱式たばこの方が害が低減されるというデータを示しても見ようともしない。たばこ会社を信用していないからだと思う。政府が発表した研究結果なら納得するだろう。医療者に必要なのは、たばこをやめられない人を非難することでなく、ケアすることだ」

――加熱式たばこに切り替えるハームリダクションによって、がんは減少するか

「循環器系の病気による入院が減ってきているなど現時点でもいくつかの良いデータは出ている。ただ、がんは数十年の単位で見ていく必要がある。有害物質の体内への曝露(ばくろ)量の減少など、前段階の成果は見えているが、『加熱式たばこのハームリダクションががんを減らす』というデータをまとめるのは難しいだろう。多くの加熱式ユーザーは、加熱式の前からすでに喫煙していた期間があり、紙巻きたばこの喫煙者とがんの発生が減少し、加熱式たばこユーザーが増加していたとしても、それが害を完全になくしているとは言い切れない。ただ、がんを減らすという目的に向かって動くことは大事で、この先、一度もたばこを吸ったことのない世代が育っていけば、良い結果が出るはずだ」

海外でも対応分かれる

「たばこのハームリダクション」をめぐっては、新型たばこをハームリダクションとして位置付ける国がある一方で、新型たばこの販売そのものを禁止している国もあり、各国で対応が分かれる。

日本で急速に普及する加熱式たばこや、タバコ葉を使わずニコチンを含む液体を電気で加熱して蒸気を吸引する電子たばこは新型たばこと呼ばれ、2000年代以降、急速に世界で広まった。ただ、当初は発売を規制する国も多かった。

日本では、加熱式たばこはタバコ葉を使っているため「たばこ製品」に位置づけられるが、タバコ葉を使わない電子たばこは「たばこ製品」とされていない。また、電子たばこのうち、ニコチンを含むリキッドを吸引する電子たばこは国内では「医療機器」とされており、認可された商品はない。一方、海外では加熱式たばこより、ニコチンを含んだ電子たばこが普及している国も多い。

そのひとつが英国だ。英国では、電子たばこが紙巻きたばこのハームリダクションとして許可されている。同国の医薬品・医療製品規制庁(MHRA)は「紙巻きたばこより、95%害が少ない」と判断。電子たばこを禁煙補助ツールとして使うことを認める政策をとる。

米国の食品医薬品局(FDA)は2019年に初めて加熱式たばこの一部銘柄を、21年に電子たばこの一部銘柄の販売を許可した。紙巻きたばこよりも有害成分の体内への吸収が少ないとのデータが示されたことが理由として挙げられた。

新型ではないが、たばこの代替品がハームリダクションとなっているのがスウェーデンだ。同国では加工したタバコ葉が入った小袋を上唇の裏に挟んでニコチンを摂取する「スヌース」と呼ばれる伝統的な嗅ぎたばこ(無煙たばこ)が普及。その結果、同国は欧州でもっとも紙巻きたばこの喫煙率が低く、たばこに起因する疾患による死亡も少ない。

こうした現状に、当初は新型たばこを禁止していた国で、一転して販売を許可する動きもある。新型たばこが紙巻きたばこの代替品として最終的に禁煙に結びつくか、健康への悪影響が低減されるか、継続してみる必要がある。

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