古典個展

犯罪人まで動員する露軍 大阪大名誉教授 加地伸行

大阪大学名誉教授の加地伸行氏
大阪大学名誉教授の加地伸行氏

本紙(11月7日付)に「兵員不足で窮余の策 露、重罪受刑者らの動員合法化」という見出しの記事があった。

読んでみると、こう説明していた。「殺人、強盗など重罪を犯した人の軍への動員を合法化する法改正が…発効した。軍事作戦が8カ月以上続き、戦況悪化に直面するロシア軍の兵員不足を補う窮余の策といえそうだ」と。なるほど。

しかしこれは、中国史上では珍しいことではなく、ごく当たり前のことであった。

例えば、秦(しん)の始皇帝が強権をもって中国の全国統一に成功したが、没する。その後継者である二世帝即位から2(西暦前208)年、反乱軍が都に迫ってきたのである。

そこで軍議を開いたとき、章邯(しょうかん)という人物がこう建議した。「酈山(りざん)〔あたり〕に徒(と)(重罪人)多し。請う、之(これ)を赦(ゆる)し、兵(武器)を授け、以(もっ)て之(反乱軍)を撃たしめよ」と。

この案が通り、「二世(皇帝)乃(すなわ)ち天下に大赦(たいしゃ)し、章邯を将(総指揮官)たらしめ」反乱軍を撃破したのであった。

このあたりのこと、司馬遷(しばせん)の『史記』秦始皇本紀に詳述されている。

この後、長い中国史において歴代皇帝に依(よ)る「大赦」の記録は膨大である。その恩政の名を借りながらも、重罪人を兵卒として使ったであろうことは想像に難くない。

因(ちな)みに督軍(とくぐん)について一筆。元重罪人の兵は信用がおけない。戦闘中、生命惜しさに戦線から離脱して逃亡しようとしたりするからだ。

そこで、戦線離脱者を戦線へ追い返す軍があった。これを督軍という。この督軍は、精強で、逃亡者を戦線へ追い返すが、拒否する者は殺してよい権限を持っていた。

さて、話を現在に戻すと、ロシア軍は法改正まで行って、重罪(殺人や強盗など)を犯した者も、これから兵卒として動員するとのこと。

そういう連中は、重罪を犯したのであるから、<国家のため>などという心構えなど、あろうはずがない。

考えていることは、容易に想像できる。本気で戦闘行為など行ったりしない。適当に狡賢(ずるがしこ)く生き延びること第一。

後は、軍服を着て、正規軍の顔をしながら、ウクライナ人の空き家で家捜しするなどして、盗めるだけ盗み、少しでも多くの財物を略奪する日々を送るのであろう。

なるほどこの策によって、ロシア軍は員数だけはそろえられる。<わが軍1千>というよりも、<わが軍1万>というほうが頼もしい。

しかし、そんな軍勢で行う戦争とは何なのであろうか。

犯罪人までかき集めての雑軍。「ロシア軍によるウクライナ侵略」という元々、<大義>がなかった戦いに加えて、ますます、<大義>など見えなくなるであろう。犯罪人の動員は、かえって害をもたらす火のようなものだ。

『春秋左氏伝』隠公(いんこう)4年に曰(いわ)く、兵は猶(な)お火のごとし、と。 (かじ のぶゆき)

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