「勝つことしか考えてない」 有言実行、守田英正の成長

スペイン戦の前半、ガビ(右)を追う守田英正=ハリファ国際競技場(蔵賢斗撮影)
スペイン戦の前半、ガビ(右)を追う守田英正=ハリファ国際競技場(蔵賢斗撮影)

【ドーハ=小松大騎】初戦はドイツ、最後はスペイン-。「熱い。勝つことしか考えてへんよ」。1次リーグの相手が難敵ばかりだと知り、より闘志を燃やした男がいた。サッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会日本代表の守田英正(27)。宣言通り欧州列強を打ち破り、サムライブルーの16強入りに貢献した守田は「いい(ボールの)奪い方ができた」と手応えを口にした。無名の存在から成長を遂げた攻守の要が、また一つたくましくなった。

耐える試合展開の中で持ち味が光った。1次リーグ最終戦のスペイン戦で日本は逆転に成功した後、防戦一方に。そんな中、守田は相手ボールを素早く奪取して攻撃の芽を摘み、何度も危機を救った。試合後、「いい守りができた」と胸を張った。

サッカーを始めた原点はテニスコート。毎週日曜日、テニスの国体選手だった父親の運転で、一家は兵庫県尼崎市内のコートに通った。

守田はまだ2歳。コート脇にあったグラウンドで、兄の和正さん(32)の背中を追い、ボールを蹴るようになった。

5歳上の兄に、体格や足の速さでかなうはずもないが、幼いながらに食らいついた。「英正は負けず嫌いな性格。勝つまでやめなかった」(和正さん)。それはサッカー以外でも同じ。テニスやテレビゲーム、兄弟げんかでも、泣きながら立ち向かってきたことをよく覚えている。

サッカーエリートとはほど遠い無名の選手だった。小学6年時に地元のガンバ大阪のジュニアユースを受験するも落選。和正さんと同じ大阪府高槻市の公立中学のサッカー部を選んだ。チームは全国3位に輝き、親友だった同級生はセレッソ大阪ユースからスカウトされたが、守田には声がかからなかった。

川崎へ入団「下手だからこそ」

昔から一本気な性格。母親から将来のことを尋ねられれば、いつも「プロになる」と即答した。堅実な性格の和正さんは、弟の言うことが「かなりぶっ飛んでいる」と感じ、「プロは甘い世界ちゃうで」と諭したという。だが守田は意に介さない様子だった。

流通経済大を経て、J1川崎フロンターレに入団。川崎を選んだ理由を和正さんが聞くと「練習に参加したときに、自分が一番下手くそだったから」。レギュラーを取りやすいチームでなく、いかに自分が成長できるかを重視していた。

兄の和正さん(右)の背中を追ってサッカーを始めた守田英正=昨年1月、大阪市淀川区のJR新大阪駅(和正さん提供)
兄の和正さん(右)の背中を追ってサッカーを始めた守田英正=昨年1月、大阪市淀川区のJR新大阪駅(和正さん提供)

兄弟は今でもLINEや電話で頻繁に連絡を取り合う仲。サッカー談議に花を咲かせることもある。今年4月、ドーハで行われたW杯1次リーグの組み合わせ抽選会で、日本の対戦相手がいずれも優勝経験のあるドイツとスペインに決まったときのこと。心配する和正さんに、守田はこんなメッセージを送ってきた。

「熱い。W杯は勝つことしか考えてへんよ」

「全部勝つ。そのための準備をしている」

カタールのピッチで攻守に躍動した守田。その姿はまさに有言実行だった。

次戦は日本時間6日午前0時からのクロアチア戦。強敵に燃える背番号13に、さらに大きな仕事が待っている。

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