家族がいてもいなくても

(761) 税務調査? とまどった初体験

イラスト・ヨツモトユキ
イラスト・ヨツモトユキ

税務署から呼び出しがきた。

私は、目下、那須に住んでいるけれど、文筆業の個人事業主としては東京が拠点。

コロナ禍の中も行ったり来たりで仕事をしてきた。

いつもは、確定申告に間違いがあれば税務署が修正して戻してくれるのに…、と思いつつ、東京まで出掛けていったのだった。

ともあれ、私は会社に勤めたことのない元フリーターあがりのフリーランサー。

思えば、日本経済の浮き沈みに翻弄され、極貧のときもあれば、バブルに浮かれた日々もあったよねえ、という人生を送ってきた。

おかげで、「なんとかなるんじゃないの?」という行き当たりばったりの性格が形成されてしまったわけで。

そして、気付いたら満額にもならない国民年金の低年金受給高齢者となっていた、というのが現実なのだ。

そういうライター稼業の仲間はいくらでもいるので、自業自得とは分かっている。

けれど、税務署に呼び出されれば、それなりに緊張する。

ところが、面談の場で若い男性からいろいろと聞かれても何が何だか分からない。

そのさなかに、印鑑を忘れたことに気づき、「印鑑が必要ですか?」と焦ったら、「大丈夫ですよ」と言われるし…。

結局、何も分からないまま、「これって、何なの?」と思いつつ那須へと戻ってきた。

サ高住の入居者仲間には、大蔵省(現財務省)で働いていたという友人がいる。

彼女と一緒に夕食をとりつつ、東京での顚末(てんまつ)を話したら、「それ、税務調査でしょうが。あなた知らなかったの?」。

あきれたように、彼女が言い放った。

「それに、何なのか分かんなかったら、なんで私は呼ばれたんですか?って、聞くでしょう。フツウは?」

言われて、それもそうかも、とは思ったが、長年確定申告をしてきた私には、初めての体験だったのだ。

「だからあ、初めてだからこそ呼ばれたんでしょうが」

いつもは、好き勝手なことを言い合い、お互いに相手を「なんたる非常識」と思い合っている。

その彼女が、急にまぶしく見えた瞬間だった。

(ノンフィクション作家 久田恵)

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