サッカー・ワールドカップ(W杯)の盛り上がりで、世間からの厳しい風当たりが変わると踏んだのでもあるまいが、ドイツ戦勝利の翌日、岸田文雄首相が来年1月に訪米する計画があるというニュースには驚いた。内閣支持率は下げ止まらず、閣僚の「ドミノ辞任」も終わりを知らない。臨時国会を無事に閉じる見通しも定かではない。ここであえて重要な外交日程を入れ込み、政権運営の安定化を図ろうというもくろみもあるのだろう。着想に安易さがあれば、来年5月の「広島サミット」を待たず、国内の政治状況しだいで1月訪米自体が「花道」とならないか。
もとより、同盟国である米国訪問の重要性に疑う余地はない。だが、バイデン大統領とはつい先日、カンボジアで会談したばかりだ。年明けにはバイデン氏が大統領再選への判断を示すとみられており、流動的な時期に乗り込むリスクもある。訪米ともなれば十分な準備が必要で、前もって日程を組むのは道理だが、首脳会談に臨む前に「宿題」をどれだけ片付けておけるかが問題だ。日米が協力して抑止力を高めるため、日本がかなりの防衛力強化を図ることは、首相自らバイデン大統領に約束した。必要な予算を組み、何より日本がどのように厳しい環境の中で生き残っていくかの道筋をつけ、その理念や手立てを日米で共有する。そのための首脳外交であってほしい。
ところがその作業過程で、先日示された政府の有識者会議による防衛力強化に関する報告書には「国名」がほとんど記載されていなかった。1万字余りに及ぶ報告書の中に「中国」「北朝鮮」の単語は見当たらない。「露」は「ロシアによるウクライナ侵略」でわずかに1カ所、米国は「拡大抑止の信頼性」の文脈で出てきたくらいだ。一方、同志国である英国については「大型減税策が大幅なポンド安を招いた」と、ずいぶんと無遠慮な挙げ方だ。「周辺国」と置き換えて日本に刃(やいば)を向ける国々に遠慮すれば相手も矛を収める。まさか本気でそう考えているのか。