結果に飢えるエース 南野拓実は「強気の努力家」

ドイツ戦の後半、攻め込む南野拓実=11月23日、ハリファ国際競技場(蔵賢斗撮影)
ドイツ戦の後半、攻め込む南野拓実=11月23日、ハリファ国際競技場(蔵賢斗撮影)

1次リーグでは途中出場が続く背番号10が燃えている。サッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会日本代表の南野拓実(27)。輝かしいキャリアを歩んできたスター選手の素顔は「強気の努力家」だ。混沌(こんとん)とする1次リーグ突破に向け、エースの活躍は不可欠。運命のスペイン戦は1日午後10時(日本時間2日午前4時)に迫る。

森保(もりやす)ジャパンを長らく牽引(けんいん)してきた南野だが、W杯では先発出場の機会に恵まれていない。W杯デビューとなった初戦のドイツ戦。後半途中にピッチへ送り込まれると、堂安(どうあん)律(24)の劇的な同点ゴールをお膳立てした。続くコスタリカ戦では失点後に途中出場。しかし好機を生み出すことはできなかった。

エースの原点を知るのが、サッカークラブ「ゼッセル熊取FC」(大阪府熊取町)の杉山恵三代表(51)だ。同府泉佐野市出身の南野は、4歳から小学校卒業まで同クラブに通っており、「自分の大好きなサッカーに一生懸命で、決めたことをやり通せる子だった」と振り返る。

印象に残っているのは南野の小学校低学年時代だ。「今日俺、リフティングの最高記録作るねん」。杉山代表にこう宣言し、黙々と練習を重ねると、やがて新記録を達成した。喜んでいる姿が今も目に焼き付いているという。

少年時代の南野拓実。サッカーへの向上心にあふれていた(ゼッセル熊取FC提供)
少年時代の南野拓実。サッカーへの向上心にあふれていた(ゼッセル熊取FC提供)

研究熱心な一面もある。中学校に進学する際、それまで南野が見ていたサッカー関係のビデオや書籍を家族がゼッセル側に寄贈。その量は段ボール1箱分に及び、「家に帰ってもビデオを見たり本を読んだり、しっかりやっていたのだなと思った」(杉山代表)。

クーバー・コーチング・サッカースクール和歌山岩出校の丸野一博スクールマスター(46)も、少年時代の南野を指導した一人。ボールコントロールや相手を抜き去るテクニックを教えたというが、「ずば抜けた負けず嫌いでいつも全力。ボールを奪われれば100%の力で奪い返しに行っていた」と丸野さん。学期終わりに実施していたコーチと生徒による試合では、大人に目の色を変えて必死で向かってきたという。

学んだ1対1のテクニックでできないことがあると丸野さんに聞きに来た。「めっちゃ練習した」。1週間後にはテクニックを習得するなど、常に向上心のある少年だった。そんな南野を丸野さんは「努力型の選手だった」とたたえる。W杯メンバーに選出された南野に丸野さんが祝いのメッセージを送ると、「最高の結果を出せるように、そして楽しみたい」と返信があった。

19歳から欧州でプレーする南野。ハイレベルな環境に身を置き、ついに世界最高峰の舞台に立った。順風満帆なサッカー人生に見えるその裏で、こうした努力を積み重ねてきたことを関係者は知っている。誰よりも結果に飢えているエースが、スペインのゴールをこじ開ける。(前原彩希)

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