「ドーハの悲劇」因縁競技場に日本サポーター続々

1993年の「ドーハの悲劇」の舞台となったアルアハリ競技場=11月29日、ドーハ(小松大騎撮影)
1993年の「ドーハの悲劇」の舞台となったアルアハリ競技場=11月29日、ドーハ(小松大騎撮影)

【ドーハ=小松大騎】カタールの首都ドーハの玄関口ハマド国際空港から約3キロに位置するアルアハリ競技場は、日本サッカー史に語り継がれる「ドーハの悲劇」の舞台だ。ワールドカップ(W杯)カタール大会1次リーグのスペイン戦を前に、日本人サポーターがこの因縁の地に続々と足を運んでいる。

1993年10月28日、同競技場で行われたW杯米国大会アジア最終予選のイラク戦。日本は試合終了直前に同点ゴールを許し、初のW杯出場を逃した。競技場は2015年に改修され、カタール大会期間中は日本を破ったコスタリカの練習場となっている。

「天国から地獄に突き落とされたような、すごい喪失感があった」。仙台市の会社員、加藤誠貴さん(57)は競技場を眺めながら29年前に思いをはせた。今回が初めてのW杯観戦で「せっかくドーハに来たので『聖地巡礼』としてきてみた。最後まで日本代表を信じ、スペイン戦を全力で応援したい」。当時の主力選手だった中山雅史氏(55)のユニホーム姿で競技場を訪れた東京都中央区の男性(67)は「日本サッカー界の転換点となったのがドーハの悲劇だった。スペイン戦での勝利を祈願しに来た」と力を込めた。

「なぜ毎日、日本のメディアやサポーターが来るんだと思っていた」と語るのは、ケニア出身の男性警備員(25)。ただサポーターの話から経緯を理解したといい、「日本を応援しているよ」と話した。

会員限定記事会員サービス詳細