がん闘病のワッキーさん支えたユニホーム、吉田麻也のキャプテンシー

闘病中に吉田麻也から届いたユニホームを着るワッキーさん。大いに励まされたという(ワッキーさん提供)
闘病中に吉田麻也から届いたユニホームを着るワッキーさん。大いに励まされたという(ワッキーさん提供)

芸能界きってのサッカー通として知られるお笑いコンビ、ペナルティのワッキーさん(50)は2年前、中咽頭(いんとう)がんが判明した。食事が取れず「胃瘻(いろう)」を装着したり、体重が激減したりした長い闘病生活。折れそうな心を支えたのが1枚のユニホームだった。「頑張れワッキーさん」。贈り主はサッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会日本代表の吉田麻也(34)。決勝トーナメント進出に向け、剣が峰に立つサムライブルーのキャプテンが見せた気配りとは。

ワッキーさんは強豪として知られる千葉・市立船橋高サッカー部出身で、3年時にはキャプテンとして全国高校選手権にも出場した。1学年上のヒデさんと平成6年にペナルティを結成。お笑い番組のみならず、サッカー関連のイベントにも出演するようになり、多くのJリーガーと親交があることで知られる。

吉田との出会いは、イベントで共演した元日本代表でJ1ヴィッセル神戸のDF槙野智章(35)からの紹介がきっかけ。一度会食し、その後はLINE(ライン)で直接連絡を取り合う仲になった。

目標の8強進出に向け調整する日本代表主将の吉田麻也=11月30日、ドーハ(蔵賢斗撮影)
目標の8強進出に向け調整する日本代表主将の吉田麻也=11月30日、ドーハ(蔵賢斗撮影)

がんが判明したのはその翌年。のどにしこりがあり、病院を受診した令和2年春、初期の中咽頭がんと診断された。同年6月から休養期間に入り、2カ月間の入院を余儀なくされた。

苦痛の連続だった。喉から食べ物を摂取できないため、胃に管を通し栄養を注入する胃瘻を装着。抗がん剤や放射線治療による副作用もつらく、気づけば体重は10キロ以上も落ちていた。

闘病を続けていた2年8月、所属事務所を通じて1枚のユニホームが届いた。翌年の東京五輪で日本代表が着用したもので、背中にはワッキーさんの名前と10番が刻まれていた。正面にはワッキーさんの顔写真がプリントされ、他の選手らからの直筆サインもあった。

サプライズを企画したのが日本代表キャプテンの吉田だった。海外リーグに所属する選手にも声がけし、寄せ書きを実現させた。〈頑張れワッキーさん〉。胸元には吉田からの力強いメッセージがあった。

早く回復して、日本中に笑いを提供してほしい―。当時の吉田はこんな思いに突き動かされていたという。

驚きと同時に喜びがこみあげてきたワッキーさん。友人を思う吉田の真摯(しんし)な姿勢に、「優しくて気配りができる。さすがキャプテンだなと感じた」(ワッキーさん)。

退院後もしばらく胃瘻を装着するなど、本調子とは程遠かった。それでも吉田を中心とした選手らの激励は何よりの支えとなった。「みんながこんなに応援してくれるんだから、頑張ってがんに打ち勝たなきゃなって」。ワッキーさんにも次の目標が生まれるようになった。

昨年2月に仕事に復帰した。今もすぐ喉が渇いたり、味覚が戻らなかったりする後遺症に苦しむが、サッカーの応援は何よりの生きがいだ。

4年に1度のW杯がやってきた。1次リーグ2試合に出場した吉田からは、大会前に《カタールで歴史変えたいです》と前向きなメッセージが届いた。1日午後10時(日本時間2日午前4時)からのスペイン戦に「すべてをささげる」と力を込めるキャプテンに、ワッキーさんの期待も高まっている。(木下未希)

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