創業者と「同行二人」貫く 松下電器元社長・中村邦夫氏

松下電器産業で社長を務めた中村邦夫氏
松下電器産業で社長を務めた中村邦夫氏

11月28日に83歳で亡くなった中村邦夫氏は、「破壊と創造」をスローガンに掲げ、事業部制の廃止、人員削減など創業者の松下幸之助氏の呪縛を超えた「聖域なき構造改革」を主導。松下電器産業(現パナソニックホールディングス=HD)を作り替えていった。

「無口、気弱、内向的、引っ込み思案、取り越し苦労」。中村氏は自身を謙遜してこう評した。しかし、本人が自称する姿とは裏腹に、「創業者の経営理念以外は、すべて変えていい」と2万人の人員削減などを断行し、平成14年3月期の4千億円超の巨額赤字から「V字回復」に導いた「静かな突破力」は、カリスマと呼ばれた。

そのカリスマ戦略でも中村氏が最も譲らなかったのが家電の王様・テレビだ。

「テレビだけは、絶対にソニーに負けるわけにはいかない」。12年に社長に就任したばかりの中村氏はそう本音を漏らしたという。「プラズマはパナソニックの顔」という意識を貫き、同社は兵庫県尼崎市に大規模な生産拠点を展開。ただその後、結果的に生産停止に追い込まれて経営悪化を招いた。

それでも、国内採用を減らし、海外採用を増大する抜本的改革などこれまでのパナソニックにない計画を打ち出したことは記憶に新しい。「経営の神様」を壊した男として同社の歴代社長の中でもその衝撃は社員の胸に刻まれるが、実は座右の銘は「同行二人」。いつも創業者と共にいるような気持ちで経営に臨んだ。判断に迷ったときなどは創業者が生前に経営戦略の立案などに明け暮れた施設「松下真々庵(しんしんあん)」(京都市)に一人でこもり、「日に新た」と常に革新を求めた幸之助氏ならどうしたかを考えた。

「中興の祖」の死去について、パナソニックHDの津賀一宏会長は「社長就任時に経営理念をどう語ればいいのかを尋ねると『語るものではなく、背中で表現すればいい』とお答えいただき肩の力が抜けたこともあった」。楠見雄規社長は「常に経営理念に立脚し卓越したリーダーシップを発揮され、スーパー正直の言葉に象徴される公明正大な姿勢を示されたことに敬意を表します」と語った。(桑島浩任、松岡達郎)

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