柔の道、寄り添う

「お父さん、もう治ったよ」やさしい嘘と講道館杯 斉藤仁氏の妻

沖縄での家族旅行で記念写真におさまる斉藤仁氏(右)と長男・一郎さん、次男・立(左)=2013年12月(斉藤三恵子さん提供)
沖縄での家族旅行で記念写真におさまる斉藤仁氏(右)と長男・一郎さん、次男・立(左)=2013年12月(斉藤三恵子さん提供)

毎年秋に開催される柔道の講道館杯は、世界の頂を目指す選手たちにとって、とても重要な大会です。10月末に行われた今年の大会は、来年5月の世界選手権に向けた第1次選考を兼ねており、2年後のパリ五輪に向けた生き残りを懸けた戦いもスタートしました。

斉藤立の母の三恵子さん
斉藤立の母の三恵子さん

8年前。2014年11月の講道館杯は当時、全日本柔道連盟(全柔連)強化委員長だった主人が会場を訪れた最後の大会でした。

「胆管に影が見え、悪性腫瘍の確率がかなり高いです」。主人ががんの可能性を指摘されたのは、その1年前の13年11月のことでした。同年夏の血液検査で肝機能の数値が基準値を大きく上回り、MRI検査を受けたとき、医師からそう告げられました。

年末に家族で沖縄旅行に出かけたのですが、当時の主人は元気そのものでした。最後の家族旅行になるとは思いもしませんでした。年が明けて精密検査を受けた東大病院で「胆管がん」がステージⅣの病状にあることを知らされたのです。「病状はかなり厳しいです」。医師からの宣告は非情なものでした。

主人はがんに打ち勝つために闘病生活を送りながらも、周囲には病状をほとんど知らせずに強化委員長としての役職を全うしようとしていました。子供たちにも「自分でちゃんと話す」と長男の一郎、次男の立にがんであることを打ち明け、「心配しなくていい。必ず治るから」と不安にさせないようにふるまっていました。

しかし、なかなか快方には向かってくれませんでした。体重が目に見えて落ち、貫禄十分に着こなしていた柔道着がぶかぶかになり、顔色も悪くなりました。まっすぐな性格の主人がこのころ、〝噓つき〟になりました。

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