柔の道、寄り添う

「お父さん、もう治ったよ」やさしい嘘と講道館杯 斉藤仁氏の妻

心配する周囲に対し、痩せたのは「糖尿病のため」などとごまかすようになります。私が何度も「強化委員長の職を休んで療養しても、誰も責めないと思うよ」と諭したときも、「やりたくないんだけどなあ」などと言いながら、全くやめるそぶりをみせませんでした。

当時の柔道界は、日本女子の指導陣による暴力問題などの相次ぐ不祥事から信用回復を目指す大事な時期でした。「やりたくない」なんてことはなく、「投げだすわけにはいかない」という使命感で動いていたのだと思います。

実際、14年の年明けから始まった抗がん剤治療の2クール目終了後、主人は「もう治療をやめる」と言い出しました。副作用からか「気力がわいてこなくて、仕事にならない」ということが理由で、本当にやめてしまいました。

子供たちにも〝噓〟をつくことで、不安をやわらげようとしました。14年5月ごろ、病状がさらに悪化して胆管が詰まったり、黄疸(おうだん)が出たりしたとき、一郎と立に「お父さん、もう治ったよ。心配しなくていいから」と話したのです。主人のやさしさから出た〝噓〟に、私も付き合いました。高校生だった一郎を完全にだますことはできなかったようですが、立は本当に治ったと思い込んでいたそうです。

秋が深まり、主人が最後に訪れた大会からはや8年。今年の講道館杯は、私も会場の千葉ポートアリーナまで足を運んできました。夏の世界選手権代表だった立は、12月のグランドスラム(GS)東京大会の出場権を獲得していたので出場しませんでしたが、立と同年代の選手たちが出場していたからです。顔なじみの選手も多く、みんなのたくましく成長した姿を見て、うれしくなりました。

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