日本で就労のウクライナ人 避難生活長期化「先見えず不安」

避難生活を送るアンサリーさん一家=堺市南区
避難生活を送るアンサリーさん一家=堺市南区

ロシアによるウクライナ侵攻から9カ月が経過し、日本に逃れたウクライナ避難民の生活も長期化している。首都キーウ(キエフ)から他国を経由し、7月に家族3人と来日したアンサリー・メケジーさん(43)は堺市で働きながら暮らす一方、厳寒の季節を迎える祖国に残った妊娠中の長女の安否を気遣い、先の見えない将来に不安を募らせている。

採用企業「すでに戦力」

11月18日、回転すし大手「くら寿司」大阪センター(堺市中区)の加工場。アンサリーさんと妻のリュバさん(48)、長男のラミンさん(16)がマグロの柵に包丁を入れ、手際よく切り分けていた。

3人は10月上旬から働き始め、リュバさんは「生の魚を切ったことはなく、最初はうまくできませんでした。でも努力しました」とはにかむ。ラミンさんも「キーウでは料理の経験すらなかったけど、だんだん慣れてきた」と話す。

くら寿司は避難民支援と同時に人材確保の点から外国人採用を進めており、大阪府の就業支援拠点に登録。堺市の仲介により、同社で初めてウクライナ避難民を受け入れた。

3人は日本語でやり取りができないため、加工場にインターネット環境を整備し、身ぶり手ぶりで伝わらない作業をタブレットの翻訳機能を使って説明している。同社担当者は「3人ともまじめで前向きなので、日本人のパート従業員とも打ち解け、すでに戦力になっている」と評価する。

キーウの家族に心配尽きず

キーウでは、3人と次女のアニータさん(9)の計4人で暮らしていた。ロシアの侵攻後、自宅近くの学校やショッピングセンターが空爆を受けた。子供が3人以上いる成人男性は出国が認められ、家族4人でスロバキアとオーストリアを経由しドイツへ避難。ロシアのプーチン大統領が核兵器使用も辞さない構えを示しているため、日本に住むウクライナ人の知人を頼って7月に来日した。

現在は堺市内の府営住宅で生活するアンサリーさん一家。「来日直後は戦争によるストレスから、ヘリコプターの音にも敏感に反応していた。今の生活には満足しているが、これからどうやって生きていくか不安はある」と明かす。

キーウには妊娠4カ月を迎えた長女のヤーナさん(27)夫妻とリュバさんの母、ターニャさん(84)がいる。

ウクライナではロシア軍による攻撃で大規模停電が発生し、キーウも電気の制限など影響を受けている。冬季は気温が氷点下20度まで下がることもあり、暖房が十分に使えない状況で心配は尽きない。

リュバさんは「毎日のようにテレビ電話をするが、娘は私たちを不安にさせないように『大丈夫』といってあまり話したがらない。幼いころ戦争を経験した母は、また戦争が起きて泣いている。それがつらい」と涙を浮かべた。

戦争終結の兆しは今も見えない。アンサリーさんは「祖国には必ず帰る」と力を込め「日本人はあまり意識しないかもしれないが、戦争は人ごとではない。われわれが避難してきた意味を考えてほしい」と訴えた。

自治体支援も通訳不足

出入国在留管理庁によると、日本に在留しているウクライナ避難民は11月23日時点で約2千人。300以上の自治体が住居提供などの支援策を用意している。

約150人の避難民が生活する大阪では、府がワンストップの相談窓口を公益財団法人「大阪府国際交流財団」内に設置し、住居や就労などを支援。府営住宅に14世帯34人が入居したほか、ハローワークを通じ11月25日までに10~40代の男女4人が就職した。

避難民が入国する際は日本にいる親族や知人が身元保証人になることが多い。佐賀では県やNPO法人の職員が保証人になり、身寄りがなくても在留資格を得られる枠組みを構築した。県によると、全国唯一の取り組みという。

県内では約20人の避難民が生活。県や地元自治体は避難民同士や地域住民との交流の機会を設け、孤立感の軽減にも心を配る。

ウクライナの首都キーウと姉妹都市を提携する京都市では、約70人の避難民が暮らす。市によると、市内の大学や日本語学校に通う留学生は母国から学費や生活費を送ってもらうことが難しく、戦争の長期化で帰国もできない。そのため留学生向けにアルバイト先を斡旋したり日本語教育をサポートしたりしている。

一方で課題もある。大阪の財団に登録された通訳ボランティアはロシア人の200人余に対し、ウクライナ人は約30人にとどまる。「自治体などからの派遣依頼が重なると、対応が困難になることも」と担当者。財団は通訳への応募を呼びかけている。(小泉一敏、土屋宏剛、北野裕子)


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