現在システムメンテナンス中です

会員記事の閲覧など一部サービスがご利用できません。
ご迷惑をおかけしますがご理解のほどよろしくお願いいたします。

2月27日(日)午前5時頃まで

サービス再開時間が前後する場合があります。

→詳細へ

道昭 日本仏教を形作る

(2)飛鳥寺に国内初の禅院 現代に生きる禅修行の基礎

飛鳥時代の工房跡などが出土した飛鳥池遺跡。このすぐ北側(奥の方向)に道昭の東南禅院があった=奈良県明日香村
飛鳥時代の工房跡などが出土した飛鳥池遺跡。このすぐ北側(奥の方向)に道昭の東南禅院があった=奈良県明日香村

「和尚(道昭)は元興寺(飛鳥寺)の東南隅に禅院を建てて住んだ。この時、国中の仏道修行を志す人たちが、和尚に従って禅を学んだ」(続日本紀)

遣唐留学僧として唐に渡り、仏教を学んだ道昭(629~700年)は、帰国(661年)の後に、飛鳥寺(奈良県明日香村)の一角に禅院(東南禅院)を建てたという。いつ建設されたのか。「続日本紀」には明示されていないが、「日本三代実録」(平安時代)は「帰朝後壬戌年(662年)」と、帰国翌年のこととしている。

経典普及の役割

道昭は唐で師事した玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)の勧めもあり、相州(現在の河南省)・隆化寺の慧満(えまん)から禅を習学しており、その教えを国内に初めてもたらした。国内初の禅院である飛鳥寺の禅院には多くの仏道修行者が訪れ、道昭から禅を教授されたという。ただ、このときの禅は初期の禅で、鎌倉時代(12~14世紀)以降に広まった禅とは異なることが多かったとみられている。

禅院の役割は、禅の修行の場だけでなく、道昭が唐から持ち帰った仏教の経論を収蔵・保管し、教えを広めるためのものだったとみられている。後の平城京遷都(710年)のさい、禅院は平城京(奈良市)に移転、飛鳥寺から独立した禅院寺となったが、「続日本紀」は「(禅院寺には)経論がたくさんあり、それらは筆跡が整い、誤りがない。すべて和上(道昭)が唐から持ち帰ったものだ」とする。

ランキング

  1. 【カメラマン日記】メディアアーティストの落合陽一さんが飛田新地をパノラマ撮影

  2. 「やばい、やばい!」響く悲鳴で朝のホーム騒然 神戸の飛び込み事故

  3. 遊郭の面影残す飛田新地を3D映像に メディアアーティストの落合陽一氏 関西芸術祭で作品展示へ有料プラン記事

  4. 前例ない盾形銅鏡出土の富雄丸山古墳 現場公開に考古学ファン1400人

  5. 【メガプレミアム】顔面火あぶり、監禁、踏みつけ…「邪魔な存在」3歳児を不条理な死に追いやった虐待地獄 救える命救う仕組みを

  6. 【再考・犯罪被害者】小学生6人死亡で懲役7年 病気隠し運転、法律の想定外

  7. ブランド品「スーパーコピー」転売被害1500万円 真贋鑑定のプロをだました「好青年」の狡猾手口

  8. 【衝撃事件の核心】衰弱死3歳児の腸からアルミ箔…捜査員も絶句した「育児放棄」の残酷 なぜ「予兆」は見逃されたのか

  9. 女性乱暴、下着奪った疑い 愛知で消防職員の男逮捕

  10. 奈良・富雄丸山古墳で国内最大の蛇行剣出土、類例ない盾形銅鏡も