中盤で奮闘も、敗戦に唇かむ遠藤「最後までチームとして頑張る」

前半、シュートを放つ日本・遠藤航=アハマド・ビン・アリ競技場(蔵賢斗撮影)
前半、シュートを放つ日本・遠藤航=アハマド・ビン・アリ競技場(蔵賢斗撮影)

サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会1次リーグで、日本代表は27日、コスタリカ相手に得点を奪えず、0-1で敗れた。中盤で奮闘した遠藤航(わたる)(シュツットガルト)は「最低でも引き分けないといけない試合だった」と唇をかんだ。遠藤のプロへの道を開いた曺貴裁(チョウキジェ)・京都監督は、まな弟子の歩みを「うさぎじゃない。一歩一歩進んでいく亀」と表現する。逆境にも前進をやめない29歳は、気持ちを切り替えスペインとの第3戦に向かう。

ドイツ1部リーグの2年連続「デュエル(1対1の競り合い)王」。今でこそ欧州でも名を知られた存在だが、その経歴は決して華々しいものではない。

小学生のときに横浜Mの下部組織のテストに3度落ち、横浜市立南戸塚中サッカー部で3年間を過ごした。面倒見がよく、「航の周りにいる子はみんなうまくなっていった」と恩師の高橋奨(すすむ)さん(49)は目を細める。持ち前のキャプテンシーで、未経験者も交じるチームを3年時には過去最高の県8強に導いた。

体は大きくなかったが、サッカー勘は優れていた。「細やかな位置取りと危機察知力。準備の動きがうまかった」と高橋さん。ただ、周囲にはその魅力がなかなか伝わらなかった。

数十分で数十人の選手を見るような選考会では、シュートやドリブルのうまい選手が評価されやすい。「上へ行きたい」という遠藤のためにJクラブの練習に連れていった際には、「あの子、華がないね」といわれたこともあった。

そんな中、湘南の下部組織で指揮を執っていた曺監督の目に留まった。ハードワークを求める師のもとで力をつけ、17歳でJリーグ、22歳でフル代表デビュー。前回ロシア大会は控えDFに甘んじたが、「4年後に自分が代表でスタメンを取る」と海外へ活躍の場を移し、2018年の森保体制発足後は不動のボランチとしての地位を確立した。まさに一歩一歩、階段を上ってきた。

大会前に脳振盪(しんとう)を起こし一時は出場も危ぶまれながら、23日のドイツ戦で念願のW杯のピッチを踏んだ。MFムシアラらスター選手から次々ボールを刈り取っては前線へパスを供給。大金星を黒子として支え、「これを求めてずっとやってきた」と充実感をにじませた。

ベスト8以上という目標は消えていない。「勝ち点3を取りに行く。最後までチームとして頑張っていく」。日本の〝心臓〟は、スペイン戦でも役割を全うする。(川峯千尋)

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