小林繁伝

猛虎をよみがえらせた末次の〝大落球〟 虎番疾風録其の四(116)

七回2死満塁、二塁後方へのフライを巨人の末次(左)が落球。走者が全て生還した=昭和51年9月7日、甲子園球場
七回2死満塁、二塁後方へのフライを巨人の末次(左)が落球。走者が全て生還した=昭和51年9月7日、甲子園球場

シーズンの〝流れ〟とは不思議なもの。ブリーデン、ラインバックが戦列に復帰してよみがえった猛虎打線。逆に13連勝と首位街道を突っ走っていた巨人が、王の腰痛再発でリズムを崩し始める。

阪神5連勝、巨人3連敗で9月7日の〝甲子園決戦〟を迎えた。ゲーム差は「5・5」。

「わたしも選手たちもはっきりと意識してます。5・5差は射程圏。最後のチャンスやと思てます。第1戦が勝負ですわ」と吉田監督は表情を引き締めた。


◇9月7日 甲子園球場

巨人 204 001 100=8

阪神 004 020 30×=9

(勝)安仁屋9勝2敗8S 〔敗〕新浦10勝8敗5S

(本)淡口⑨(谷村)ラインバック⑰(倉田)田淵㉙(倉田)末次⑧(山本和)


両者は〝死闘〟を演じた。巨人が谷村の立ち上がりを襲い、淡口のホームランなどで序盤に6点を奪えば、阪神も三回、田淵の二塁打など5安打を集中して堀内をKO。五回、ラインバック、田淵の連続本塁打で同点に追いつくと巨人は六回に末次が山本和から一発。七回には王のタイムリーで8―6と突き放す。そして「事件」はその裏に起こった。

3人目の新浦から掛布が右前打。ラインバックが四球を選んで無死一、二塁。新浦も踏ん張る。田淵、ブリーデンを連続三振。東田には四球を与えたが続く池辺を浅い外野フライに打ち取った。

スタンドの大きなため息とともに打球がフラフラと右翼、二塁、中堅の間辺りに上がる。右翼の末次が懸命に追いついた。打球がグラブに入った―と次の瞬間、ポロリと白球がこぼれ落ちた。しかもそのボールを末次が蹴飛ばしてしまう。一斉にスタートを切っていた走者が次々とホームを駆け抜け9―8の大逆転劇だ。

「あのプレーで一塁の東田まで生還したのは勝利への執念です。最後まで諦めないみんなのガッツを褒めてやってください」

6連勝で4・5差。吉田監督は興奮で跳び上がらんばかり。

この末次の〝大落球〟を当時の関西のスポーツ紙は『昭和48年の〝世紀の落球〟の裏返しになるかも…』と表現した。48年8月5日の阪神―巨人戦(甲子園)。巨人は4位。首位中日とは5・5ゲーム差。2位阪神とは1・5差。九回、池田の落球で逆転勝利した巨人はよみがえり、シーズン最終戦でV9を達成したのである。(敬称略)

■小林繁伝117

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