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元サッカー日本代表、「セレッソ大阪」社長・森島寛晃<26> コロナ禍、なんかせな!!…奔走

なんかせなあかん!プロジェクトのPR画像(セレッソ大阪提供)
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《2018年12月に社長に就任し、間もなく4年になる。新型コロナウイルス禍でJリーグの試合自体が一時行えなくなるなど、困難な時期にかじ取り役を任された》


正直、社長になっていろんなことを言われながらやってきましたが、何かやったことがあるかないかといわれたら、そんなにはないんです。ただ、この4年間、いろんなことが起こりました。チーム一つをとってもそうです。世界もですね。(新型コロナウイルスの影響で2020年に)5カ月弱もリーグ戦が中断するなんて、思ってもいませんでした。30年のJリーグの歴史でもなかったことですし、なかなか先が見えませんでした。選手の立場としてもそうですし、チーム、クラブとしても難しい時期を送ってきました。


《リーグが再開してからも、無観客試合(リモートマッチ)や観客数に上限を設けた試合が続き、クラブ経営も暗中模索が続いた》


しかも、応援してくれるサポーターが応援したくてもスタジアムに行けなかった。(クラブ側としても)スタジアムに来てくださいとも言えず…。制限が緩和されてからも、いろいろな感染対策をしなければいけませんでした。

そういう時期を過ごして、改めてやっぱりサポーターってすごく重要だと実感しました。もちろん選手は感じていると思いますが、クラブサイドも、みんな感じたと思います。単純に入場料収入が減ったとか増えたとかの話じゃありません。選手たちが「サポーターの応援が力になった」と言いますけど、本当にそうなんです。いいゲームをつくる、スタジアムの一体感をつくる、そういう部分です。


《今季途中から声出し応援が可能になった。声出しエリアは決まっており、入場制限もまだ残っている。完全な形ではないが、コロナ禍前のスタジアムの姿に戻りつつある》


やはり応援の雰囲気が選手のプレーを引き出しますし、それがスタジアムの一体感になります。選手、われわれだけではつくれないなと、改めて感じました。(最初に声出し応援が解禁となった)試合のときは、もうしびれましたね。

確かアウェーの鹿島アントラーズ戦が(声出し応援再開の)最初でした。うちのサポーターの応援の声を聞いていたら、ちょっとジーンとしてしまいました。サポーターから「私たちの声は届いていますか」とよく聞かれるんですが、届いています。久々に声が出せるようになって、「本当に大きな力になってます」って答えました。


《コロナ禍の危機を乗り越えるため、セレッソ大阪では社長肝煎りの「なんかせなあかん! プロジェクト」を立ち上げた。全社的にアイデアを募り、実行に移した》


どうしたらいいんだっていう中で、なんかせなあかんよねということで始まりました。スタッフから声が上がり、みんなで取り組むというのでプロジェクトを立ち上げ、いろんな意見を出し合いました。その中で、無観客だけれども、応援に来ることができないサポーターの皆さんにピンク色に染まったスタジアムを届けようと思いました。スタッフ総出で作業しました。


《サポーターにピンク色のTシャツや応援バナーを購入してもらい、それをヤンマースタジアム長居(大阪市東住吉区)のバックスタンドに掲出した。社長自身も手伝った》


スタジアムの大きさを感じましたよ。それだけじゃなく、運営ボランティアとかボールパーソンとかも感染予防で外部に頼めなかったので、全部うちのスタッフでやりました。(聞き手 北川信行)

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