再び実った交代策…金星ドイツ戦の舞台は2011年アジア杯決勝会場

】後半、ゴールを決め、スタンドに向けてジャガーポーズをみせる日本代表・浅野拓磨=ハリファ国際競技場(撮影・村本聡)
】後半、ゴールを決め、スタンドに向けてジャガーポーズをみせる日本代表・浅野拓磨=ハリファ国際競技場(撮影・村本聡)

サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会で23日、日本は1次リーグE組の初戦で優勝4回のドイツに2-1で逆転勝ちした。勝機がまったく見えなかった前半の劣勢を、3バックへのシステム変更と攻撃的な選手の積極投入で立て直してつかんだ大金星。交代策が的中したチームの姿に、同じ会場で開かれた11年前の大一番を思い起こした。

ドイツ戦の行われたドーハのハリファ国際競技場は日本がオーストラリアを延長戦の末、1-0で破って2大会ぶりの優勝を飾った2011年アジア・カップの決勝会場。この試合の後半、オーストラリアが高さを前面に押し出してくると、アルベルト・ザッケローニ監督はMF藤本淳吾(当時清水、現相模原)に代えてセンターバックの岩政大樹(当時鹿島、現鹿島監督)を投入。システムを4-5-1から4-3-3に変更して対抗しようとした。

だが、センターバックから1列前に上がる予定だった今野泰幸(当時FC東京、現南葛SC)が足の痛みからボランチは困難と指揮官に伝えた。選手たちは4-5-1のまま、今野を左サイドバックに回し、長友佑都(当時チェゼーナ、現FC東京)を左MFに1列上げる布陣を提案、指揮官も受け入れた。

オーストラリアの攻撃に耐えて迎えた延長後半、やはり途中出場の李忠成(当時広島、現アルビレックス新潟シンガポール)が長友の左クロスから鮮やかな左足のボレーシュートで決勝点を奪った。

途中出場の選手や、スタート時から位置を代えた選手の活躍で強敵を倒したのは11年前と同じ。ちなみにドイツ戦の最優秀選手「プレーヤー・オブ・ザ・マッチ」にはGK権田修一(当時FC東京、現清水)が選ばれたが、アジア杯決勝の「マン・オブ・ザ・マッチ」も同じGKの川島永嗣(当時リールス、現ストラスブール)だった。

今回のW杯8会場のうち7会場は新設で、11年アジア杯の会場だったのは改修されたハリファ国際競技場のみ。現代表のアジア杯優勝メンバーも長友、権田、川島と主将の吉田麻也(当時VVVフェンロ、現シャルケ)の4人だけとなったが、験のいいスタジアムで行われる12月1日(日本時間2日)のスペイン戦も、途中出場する選手の活躍に注目したい。(奥村信哉)

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