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元サッカー日本代表、セレッソ大阪社長森島寛晃<19>まるでドラマ!?妻と出会う

結婚披露宴で妻の友香さんと
結婚披露宴で妻の友香さんと

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《初の日本代表メンバー選出と前後して妻の友香さんと出会った。チームメートに連れられて会ったのが最初だった》


1995年3月10日です。よく覚えている? いや、たまたま会ったときに写真を撮っていたんです。1枚だけ。3月10日って記してありました。

人数は3対3です。でも、合同コンパじゃない。同い年の武田治郎というゴールキーパーが友達に土産を渡しに行くというので、1人で行くのもあれだから、ついてきてほしいと頼まれたんです。それがたまたま3対3だったんです。みんなから「コンパや」って言われましたが、自分はついて行っただけですから。


《しかし、人見知りな性格にもかかわらず、そのときは積極的にアプローチした》


そのアプローチの話、誰が言ったんでしょう? でも、確かに行動はそうです。次、ご飯食べに行こうって約束して、すっぽかされたりしましたから。いや、それは嫁が悪いと思いますよ。(大阪中心部にある繁華街の)心斎橋が待ち合わせの場所だったんです。自分もそんなに土地勘ないから、午後8時の待ち合わせで、その前にテレビ局の収録がありました。「この後、ちょっと用事があるので…」って、チームの人とかにうまいこと言って、収録時間を巻いてもらったんです。そこまでして、間に合うように行きました。でも、来ない。2時間ぐらい待って。しかも、当時って携帯電話がまだ普及していないんですよね。嫁は持っていなくて、自分は家の電話番号しか聞いてなかった。家になんかよう電話できへんし、ずっと待っていました。

それで、武田治郎に電話して武田の家に行ったんです。「もう二度と行かん」って話していたら、ちょうど嫁から連絡がきました。なんかもう寝てたって。それからもう1回、会いに行きました。行かなかったら、今はなかった。「二度と行かない」と言いながら、会うために戻ったのが良かったのかなと思います。


《その日のうちに会って関係修復。素早い行動だった》


その日ですよ。もう夜の11時を回っていました。まるでドラマですね。よう会いに行ったなって、自分でも思います。まあ、とはいっても待ち合わせにちょっと遅れただけの話です。


《自身は自己分析すると優柔不断な性格。しっかり者の友香さんが支えた》


嫁はしっかりしていると思います。決断するのはだいたい嫁ですね。自分がうじうじとしていたら、スパンって。その辺って、同じような性格だったら逆にダメな気もします。嫁の決断力はすごいですね。


《節目節目で、相談もしてきた》


最後には相談しますね。結局、ケツをパンってたたいてくれるのは、やっぱり嫁かなと。社交的やから。いろんな人とのつながりを持つのも、そうです。自分がそんなにパアーっといける方じゃないので、その辺は尊敬ですね。嫁のつながりをきっかけに輪が広がることもすごくあるんです。

自分は最初の一歩、場になじむまでが、めっちゃ人見知りするんですよね。そこを過ぎると逆に、うざがられるんですよ。今でもそうです。例えば、まったく知らない人とゴルフに行くってなったら、緊張するじゃないですか。嫁は全然平気なんです。それ、すごいなって。肝も据わっていますよね。ゴルフはね、嫁の方がボールが飛ぶんです。セレッソの仲間の中では、嫁が旦那で、自分が奥さんって呼ばれていました。(聞き手 北川信行)

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