プロスポーツのスタジアムやアリーナはシーズン中、競技にもよりますが、おおむね毎週数千人から数万人が来場します。例えば阪神電鉄や西武鉄道、古くは南海電鉄や阪急、近鉄などプロ野球において鉄道会社がチームを持つ動機として交通アクセス需要を見込んでいたことは想像に難くありません。鉄道に留まらず、国民体育大会に併せて国体道路と呼ばれる幹線道路が各地で整備されるなど、多くの来場者を見込むスタジアム・アリーナは交通インフラと密接な関係にあり、都市計画と連動してきました。
一方で、道路や線路ができても実際に自動車を走らせ、電車を運行しなければ交通インフラは機能しません。実際には渋滞や混雑など想定を大きく上回ってしまうこともしばしばあります。こうした交通事情に対し近年は、自動車や公共交通など個別の交通手段ではなく、テクノロジーを活用し交通サービス全体の利便性向上や最適化を図ろうとしています。これらはMaaS(Mobility as a Service:サービスとしてのモビリティ)と呼ばれ、既存の交通機能をテクノロジーで連携させるものから、自動運転、AI(人工知能)の活用など利便性を向上させる高度な試みまであります。
スポーツ界では、セレッソ大阪が2019年に駐車場予約、タクシー配車、シェアサイクリング、電動キックボードなどを組み合わせ、地元商店街での特典サービスと連携させたMaaSの実証実験を行っています。複数の交通手段をうまく連携させて最適化を図っただけでなく、スタジアムから離れた地元商店街と連携することで魅力を発掘するなど地域への効果についても検証しました。交通システムの進化に留まらず、地域と組み合わせることで提案が拡張されるのが面白いところです。
今年10月、三菱商事を中心に湘南で始まった「ヘルスケアMaaS」の実証実験は、MaaSによって地域の健康管理とスポーツ振興を結びつける試みです。自治体や地元病院が連携し、シームレスな(継ぎ目のない)移動システムを構築し、地域全体のアクセシビリティを高めています。ここでは行政・医療サービスと個人の交通記録を組み合わせることで、交通システムが地域エリア単位での見守りや健康増進、スポーツ振興による街づくりにつながっています。
MaaSの取り組みと併せて、地域サービスの決済システムがセットで検討されている点に注目です。21年3月に西宮市で行われたMaaS×デジタル地域通貨による実証実験では、ブロックチェーンを活用した地域通貨プラットフォームを活用し、外出・移動のサポートやポイント獲得・利用と消費者行動との関係が示されました。こうした取り組みにスポーツのトークンエコノミーを組み合わせることで、試合のにぎわいをも交通ネットワークに乗せ、スポーツを街に溶かし、広げることにつなげられるかもしれません。
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上林功(うえばやし・いさお)1978年11月生まれ、神戸市出身。追手門学院大社会学部准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所代表。設計事務所所属時に「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」などを担当。現在は神戸市や宇治市のスポーツ振興政策のほか複数の地域プロクラブチームのアドバイザーを務める。
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