世界が注視していた米中間選挙がさして混乱なく無事に行われた。連邦下院は野党の共和党が辛うじて勝利したものの、上院ではジョージア州の決選投票を待たずに民主党が多数派を制した。蓋を開けてみれば、多くの識者が予想した「赤い津波」の襲来、つまり赤をシンボルカラーとする共和党の大勝はなかった。これには筆者も驚いた。高騰する物価と上昇する金利にあえぐ米市民、そして低支持率の大統領の組み合わせを考慮すれば民主党の大敗北は必至にみえたからだ。
加えて、中間選挙は大統領に対する信任投票という性質が大きく、大統領の与党に不利なのは過去の中間選挙が如実に示す通りである。近年で与党が唯一勝ったのは2002年の中間選挙だが、こちらは米中枢同時テロ後の選挙という特殊事情が背景にあった。つまり、今回の中間選挙は歴史に刻み込まれるほど意外な結果となったのである。
では、その理由は何か。一言でいえば、米国の「良心」が大きく動いたのだ。この度は大統領のバイデンへの評価よりも、前大統領のトランプが支持する破天荒な候補者たちに、米国の将来を憂慮する有権者は総じてノーを突き付けた。20年大統領選を不正選挙だと訴え、昨年1月6日の連邦議会襲撃事件を正当な抗議活動だと主張する候補者らの極端な政治信条は、多くの有権者にとって過激な思想にしか映らなかった。
さらに、共和党が後押しした人工妊娠中絶禁止は多くの女性にとり母体の権利を蹂躙(じゅうりん)する由々しき問題であり、看過できるものではなかった。選挙前の米メディアは、時間の経過と共に同問題への関心は低下し、民主党にとって強い追い風とはならないと踏んでいたが、これは誤っていた。
この他にも民主党の得票に貢献したのが若い「Z世代」の高い投票率だった。少子高齢化の日本において若者の政治力はないに等しいが、健全な若年人口を有する米国では事情は異なる。米国の将来に対して必然的により大きなステークホルダーとなる彼らが、共和党を牛耳るトランプによって示された国家像を明白に否定したからこそ、民主党は九死に一生を得た。
米国は誤った方向に進むことはあるものの、自己による軌道修正が働く国家であるとよく言われるが、少なくとも今回の中間選挙ではこのメカニズムが機能したといえよう。
中間選挙の敗者が共和党、より正確に言えばトランプ自身であることは否定できない。しかし、敗北を喫した共和党において、政治家としての経験が豊富なフロリダ州知事のデサンティスは19ポイントの大差で再選を果たし、共和党の赤と民主党の青が拮抗(きっこう)する「紫の州」を確実に赤くした。この功績は大きく、彼は2年後の大統領選に向けて共和党内でトランプの最大のライバルとして一気に躍り出た。
トランプは15日、他に先んじて出馬表明したが、トランプを忌避する保守層の支持を基盤にデサンティスが熱烈なトランプ支持者を引き込むことに成功すれば、共和党はトランプを放逐する道筋をつかむ。共和党が分裂せず「脱トランプ」を果たすことでその魅力は増し、今回の敗北は次の勝利への契機となろう。
逆に、民主党は中間選挙の結果、2年後の大統領選での敗北の可能性が高まった。上院で勝利を手にしたことでバイデンは気を良くし、2期目への意欲を増幅させたからだ。
しかし、しょせんは支持率が低迷する指導力を欠く高齢の大統領である。今回は有権者がトランプと天秤(てんびん)にかけたからこそ勝てたのであり、決して信任を得たのではない。バイデンがこの勘違いに気付いて身を引かなければ、2年後の大統領選で悲惨な結果が民主党を待ち受けていよう。
今回の中間選挙で民主党内に生じた大きな落とし穴の適切な回避を怠れば、歴史的な勝利は歴史的な敗北への前奏曲となるかもしれない。 =敬称略
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簑原俊洋(みのはら・としひろ) 米カリフォルニア州出身。カリフォルニア大デイビス校卒。神戸大大学院博士課程修了。政治学博士。インド太平洋問題研究所理事長、神戸大大学院法学研究科教授。専門は日米関係、国際政治、安全保障。