『ブレット・トレイン』でピットが演じるキャラクターは、欠点はあるが憎めないタイプで、その魅力の強さや控え目なユーモアもふくめて、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でのクリフ・ブース役と通じるものがある。その『ワンス・アポン・ア〜』や『イングロリアス・バスターズ』でピットに演技指導をしたクエンティン・タランティーノによると、俳優としての彼のすごさのキモは変身能力の高さにあるという。「つまり昔流のスターということなんだけど」と電話で語るタランティーノ。「二枚目で男らしさもあって時代の先端をいっているし、ジョークもいえる。ここまでは誰でもわかる。でも監督なり役者として現場で面と向かってみないとわからないことがあって、彼は場面場面の状況というか、文脈を理解する能力がほんとにすごいんです。それを自分から勝手に変えちゃったりはしないかもしれないけど、理解して、それに自分を合わせるほうは本能的にできてると思う」
俳優ブラッド・ピットからはタイムレスのオーラが出ている、ともタランティーノはいっている。「銀幕の大スターという種族はいまや絶滅寸前だけど、その最後の生き残りの1人が彼なんです」。したがって、ポール・ニューマンやロバート・レッドフォードやスティーブ・マックイーンらと並び称されるレベルの存在である、とも。「銀幕の大スターを定義しろといわれてもそんなの無理。ひとついえるのは、人種が違うんだってことだね。これは『イングロリアス・バスターズ』の撮影をやっているときに気がついたんですけど、カメラのファインダー越しに彼を見ていて、まるで映画を観ているみたいだなと。カメラだのファインダーだのはすっかりすっ飛んでしまって。要は、画面のフレームの枠内に彼がいると、もうそれだけで、それは映画になっちゃうんですよ」
ピット、とんでもなく重たい蝋燭立てを作る
ハリウッド発祥の、ブラッド・ピットのライフ・ストーリー。それによると、彼は単位不足で学位を取得できずにミズーリ大学をあとにし、ダットサンを運転して街へやってきた。大学ではジャーナリズムを学び、将来はアート・ディレクターになりたいとなんとなく思っていたが、ほどなくしてその気が失せてしまい、グレた心があとに残った。ものを作るのは、中学生での工作のクラスでの体験を通じて大好きになった。作ったものを手にとって、その出来栄えや感触をたしかめることも大好きだった。そして、それはいまも変わっていない。「言葉ではなく、自分の作品によってなにかを語るタイプの人間というのがいて、僕もその1人」とピット。「だから常になにかを作っていたいし、そうでなきゃ死んでいるような状態です」。その「作品」は映画のほかにもいろいろあって、たとえば彫刻。家具。あと家も。彼の友人の映画作家、スパイク・ジョーンズがこんな話をしてくれた。「このあいだ、うちにきたときは、アーケイド・ファイアが2日前にリリースしたという歌(「アンコンディショナルⅠ(ルックアウト・キッド)」)に夢中だったね。で、2人してその曲を聴きながら、合わせて歌って、ギターも弾いて。何度も何度も繰り返し、自分のものになるまで」。そのときジョーンズには、その歌がピットの心の叫びに聴こえた。あと彼によると、ピットは自分で作曲もするという。
リビングルームで会話をしていて、ふとピットがいなくなった。いなくなったと思ったら戻ってきて、なにをするのかと思ったら蝋燭立てを手渡された。ものすごく重たいのを2本、両の掌に。彼の作品であることは、訊かなくてもわかる。パンデミック中は陶器作りを学んでいたという。蝋燭立ては黒色と金色とに塗られていて、出来栄えは見事。「磁器なんですよ」と彼はいう。「ものの本を読めばどれにも書いてあるけど、磁器というのは薄さが勝負。光が透けるくらい薄く作る。磁器を分厚く作ってしまうことほど最悪なことはなくて……」。その「最悪」を彼はやってしまった。とんでもなく重たい蝋燭立て。でも失敗作ではない。「ライカのカメラやものがいい腕時計みたいな、ずっしりしたのが僕は好きだから。この蝋燭立てだったら、いま地面に埋めて2000年後に掘り出しても、同じ状態を保っていると思う」
映画以外のピットの作品でもっとも有名なのは、おそらくワインだ。2008年、彼とジョリーは、南仏プロバンスにある1000エーカーのワイン畑を購入した。シャトー・ミラバル。同シャトーで作られるロゼはワールド・クラスの一級品で、知名度の上昇とともにビジネス規模は何百万ドル級になった。2014年に2人が結婚式をあげたのもここだった。のちにジョリーは自分のもちぶんを売却し、そのことが話題になったりもした。
2年か3年前、ある人物がピットに連絡をよこしてきた。その人物によると、以前のオーナーが十字軍遠征のときにレバント(地中海東岸のエリア)で奪ってもってきたゴールドをシャトー・ミラバルの地面の下に埋めたのだという。その価値、数百万ドル相当。「あのせいで、まるまる1年ぐらいはほかのことを考えられなくなっちゃって」。夢中になったピットはさっそくレーダー装置を買い込み、敷地内のあちこちを探索した。「もしかして、僕が育った環境の影響もあったかも。というのは、オザーク高原には埋蔵金貨の話がつきものだから」
結局、シャトーの敷地からゴールドが発掘されることはなかった。ピットにとって少々驚きだったのは、そのことじたいではなく、もちこまれた怪しい情報を自分が鵜呑みにしてしまったことのほうだった。「終わってみれば、ひたすらバカバカしいばっかりで。あんなのに夢中になっていたなんてね。あの男は、もしかしたらレーダー屋の回し者かなにかかもしれなかった。この機会にひとつ投資してみては、とかいわれたし」
埋蔵金の話が終わったところで、ニコチン入りのミントのガムはどうですか。勧めてくる本人はフツーにそれを噛んでいる。ピットはパンデミック中にタバコをやめた。「1日に1本だけとか2本だけとか、そういうのは性に合わなくて」
彼が自分の健康上のことに関して下した重大な決断はほかにもある。ジョリーとのあいだで離婚が成立した2016年以降、彼は酒を口にしていない。断酒のために、アルコール依存症者の自助、アルコホーリクス・アノニマスの集まりに1年半にわたって参加した。「アルコール依存症の人たちが互いに心のドロドロをぶちまけ合うようなのを事前に記録映像で見て、こんな恐ろしいのは御免だと思って。でも僕がいったところはそんなこと全然なかった。みんないい人たちばかりで、安心安全で」
過去の自分のことを語るとき、ピットは仏教徒みたいな感じになる。自分のことをまるで他人事のように超然と、そしてじつに穏やかに話す。そのしかたの解脱ぶりが、私にそういう印象を抱かせる。以前の彼は、それこそ「朝、コーヒーを飲みながら一服して、ああ今日もタバコが美味いぜ」みたいなことをやっていた。そんな習慣を一生続けることのできる人もなかにはいる。たとえばデイビッド・ホックニーとか。けれど自分は違う、と彼は考えている。ピットはホックニーに会ったことが何度かある。「いまでもずっとスパスパやっているよ。ハード・コアな英国流で、あれはあれですごいと思うけど」。そういって悲しげに微笑む。「でも僕は無理。この歳でタバコなんて吸っていても、いいことなんてなんにもない」