海底のレクイエム

ツラギ島の九七式飛行艇二二型

川西航空機(現新明和工業)が1936(昭和11)年に初飛行させた日本初の純国産4発(エンジンを4其搭載)の大型飛行艇。昭和13(1938)年に正式化され、爆撃や長距離偵察、対潜水艦の哨戒飛行に使用された。二二型はエンジンを金星四六型に換装し、約130機が生産させた

九七式飛行艇(九七大艇)の特徴がよく表れている機首部分。機首上面の丸い穴は7.7ミリ機銃座(戸村裕行撮影、2017年6月)
九七式飛行艇(九七大艇)の特徴がよく表れている機首部分。機首上面の丸い穴は7.7ミリ機銃座(戸村裕行撮影、2017年6月)

今回紹介するのはツラギ島に眠る九七式飛行艇二二型である。

このツラギ島のあるソロモン諸島周辺が先の大戦の激戦地であり、ツラギ島は多くの艦船の眠るアイアンボトムサウンドを挟むように、ガダルカナル島の対面に位置している。

この島には日本海軍の水上機基地が整えられ、1942(昭和17)年5月には、横浜航空隊の九七式飛行艇、二式水上戦闘機が配備されたが、昭和17年8月7日の米軍の攻撃により全ての飛行機が破壊された。

この九七式飛行艇は、その時に失われた一機と考えられる。

操縦席後方の機体が破損している部分に残る計器盤。位置と計器の数や形状から考えて機関士用であろう(戸村裕行撮影)
操縦席後方の機体が破損している部分に残る計器盤。位置と計器の数や形状から考えて機関士用であろう(戸村裕行撮影)
九七大艇も他の大型機同様、正操縦席と副操縦席が準備されており、日本海軍では右が正、左が副となる(戸村裕行撮影)
九七大艇も他の大型機同様、正操縦席と副操縦席が準備されており、日本海軍では右が正、左が副となる(戸村裕行撮影)
主翼の左外側は原型を保っており、補助フロートも支柱、張り線も含めてよい状態で残っている(戸村裕行撮影)
主翼の左外側は原型を保っており、補助フロートも支柱、張り線も含めてよい状態で残っている(戸村裕行撮影)

水中写真家・戸村裕行

1982年、埼玉県生まれ。海底に眠る過去の大戦に起因する艦船や航空機などの撮影をライフワークとし、ミリタリー総合誌月刊『丸』にて連載を担当。それらを題材にした写真展「群青の追憶」を靖國神社遊就館を筆頭に日本各地で開催。主な著書に『蒼海の碑銘』。講演、執筆多数。

雑誌「丸」
昭和23年創刊、平成30年に70周年迎えた日本の代表的軍事雑誌。旧陸海軍の軍 艦、軍用機から各国の最新軍事情報、自衛隊、各種兵器のメカニズムなど幅広 い話題を扱う。発行元の潮書房光人新社は29年から産経新聞グループとなった 。毎月25日発売。

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