横田めぐみさん拉致45年 早紀江さんが「助けられた」新潟の海描いた油絵を公開

自身が新潟の港をイメージして描いた「小さな漁港」について話す横田早紀江さん=8日午後、川崎市(代表撮影)
自身が新潟の港をイメージして描いた「小さな漁港」について話す横田早紀江さん=8日午後、川崎市(代表撮影)

北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさん(58)=拉致当時(13)=が拉致されてから15日で45年が経過するのを前に、母の早紀江さん(86)が8日、川崎市内で取材に応じた。娘を奪われた直後、心を保つために描いたという油絵を紹介し、当時の思いを振り返りつつ、いまなお帰国が実現しない現実に「表現しようのないむなしさを感じる」と肩を落とした。

めぐみさんは、新潟市立寄居中の1年生だった昭和52年11月15日、部活動を終えて帰宅中に拉致された。

「煙のように消えてしまい、初めの20年間はものすごい失望感があった。自分でもよく生きてこられたと思う」。平成9年にめぐみさんが北朝鮮に拉致されたという情報が浮上するまで、手がかりは一切なかった。新潟の海岸線を何度となく、めぐみさんの名前を叫びながら歩いた。

自身が描いた新潟の港をイメージした「小さな漁港」と、静物画「枯れたひまわりとバイブル」について話す横田早紀江さん=8日午後、川崎市(代表撮影)
自身が描いた新潟の港をイメージした「小さな漁港」と、静物画「枯れたひまわりとバイブル」について話す横田早紀江さん=8日午後、川崎市(代表撮影)

この日、早紀江さんは自作の2枚の油絵を報道陣に公開=写真(代表撮影)。「小さな漁港」と題された1枚は、めぐみさんが拉致された翌年ごろ、新潟の海をイメージして描いたものだ。空には夕日が差し、海は色を重ねて「ローズ色」にしたという。

娘を奪われた寂しさを紛らわすために、拉致された直後からアトリエへ通い始め、成長しためぐみさんを想像して描いたこともある。つらい日々にキャンバスに向き合い、「絵に助けられた」と振り返る。

13歳だっためぐみさんは58歳になった。早紀江さんは政府に対し、「早く日朝首脳会談を開き、行動してほしい。もっと知恵を働かせて、お互いが幸せになるやり方を考えてほしい」と求める。

そして、めぐみさんに呼びかけた。「病気にならないでね。元気でいれば、必ず道が開けるから」(橘川玲奈)

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