大阪地裁で10月、ある理由で注目された裁判員裁判があった。法廷に立ったのは、強盗致死罪に問われた19歳の男。4月施行の改正少年法で「特定少年」(事件を起こした18、19歳)の一部は起訴後に実名報道が可能となり、全国2例目として実名が公表されていたのだ。検察が公表を検討する基準は「犯罪が重大で地域社会に与える影響も深刻な事案」。男の罪は確かに重いが、法廷で明かされた動機は想像を絶するほど軽率なものだった。
「プッシャーをたたこう」
男は岩川榛(はる)被告。3月1日深夜、知人の男女3人と共謀し、男子専門学校生=当時(20)=を催涙スプレーや警棒で暴行した上、ナイフで背中を刺して死亡させ、現金13万円などが入ったバッグを奪った-との罪に問われた。
強盗致死罪は刑法で「死刑または無期懲役に処する」と規定される重罪だ。だが、岩川被告が犯罪に加担した経緯はその〝重み〟とはほど遠いものだった。
「プッシャー(薬物の密売人を表す隠語)をたたこう」。岩川被告が持田多嶺(たね)被告(22)=同罪で起訴=からこう持ちかけられたのは、事件当日のことだ。
そもそも犯行グループ4人の関係性は薄く、岩川被告が来阪したのもわずか3日前。知人を介して知り合っただけの関係で、持田被告とは初対面だった。ほかの2被告とホテルを転々としていたという。
取引を装って専門学校生を呼び出し、隙をついて一斉に襲い掛かる-。金銭を得る目的で、こうした計画が持ち上がった。
なぜ思いとどまることなく加担したのか。岩川被告は当時の心境を法廷でこう語った。「断ったら『ダサい』と思われる。相手(専門学校生)も悪いことをしているからやられても仕方ない」
実行役の3人は、現場に向かう際にそれぞれ凶器を手にした。岩川被告がパーカーのポケットに忍ばせたのはナイフだった。
転倒させた専門学校生を羽交い締めにして一方的に襲撃。専門学校生が「勘弁して」と所持品を差し出しても、狂気が止まることはなかった。「無我夢中で記憶はない」という岩川被告のナイフは専門学校生の背中に突き刺さった。
持田被告は専門学校生が力尽きる様子を動画で撮影していた。「うわーかわいそう。ははは、動かなくなったじゃん」。動画には笑い声が記録されていた。
前例少ない実名公表
岩川被告は分け合った金で東京へ移動し、遊興していたところ、大阪府警が強盗殺人容疑で逮捕。4月末、阿世知(あせち)雅斗被告(19)とともに強盗致死罪で起訴され、大阪地検は2人の実名を公表した。
まだ前例の少ない特定少年の実名公表。弁護人は、公判では実名を秘匿するよう裁判所に要請。それは見送られたが、人定質問で住所や本籍の口述を避けるなど、一定の配慮がなされる形で審理が進んだ。
最大の争点は、特定少年という立場を象徴するように、大人と同様に刑務所で罪を償わせるべきか、それとも少年院で更生指導を受けるために家庭裁判所に移送すべきかどうか。
弁護側が強調したのは生い立ちだ。幼少期に母親から日常的に暴力を受け、義父からサルが出没する山中に置き去りにされたこと、親から離れた後も施設を転々としたこと…。こうした成育歴が「暴力への親和性や誤った思考に強い影響を与えた」と主張。反省の態度も見られるとして、少年法の理念に基づき「育ち直しが必要」と訴えた。
判決は刑事罰
10月31日の判決公判。佐藤弘規裁判長は、弁護側の主張を退け、懲役9年以上15年以下の不定期刑を下した。成育歴が事件に影響した可能性に言及しつつも、「改善する機会が全くなかったとはいえない」と重んじなかった。
グループ内で従属的な立場だったとはいえ、死因につながる重大な行為を担っており、刑事罰を免れるような特別な事情はないと判断した。
判決言い渡し後、佐藤裁判長は「あなたはやり直しができる。しっかり償って、更生してほしい」と説諭した。身じろぎせず耳を傾けていた岩川被告。閉廷後、弁護人に控訴をせず服役する決意を告げたという。(小川原咲)