自分たちの地域や命は自分たちで守る-。自然災害に備え、地域ぐるみで避難のタイミング、その後の避難所のあり方などを考える自主防災活動が活発化している。いつ、どこで起きるか予測が難しい自然災害は想定外の事態も予想される。自衛策に「正解」はなく、犠牲者を最小限にしようという地域の取り組みに終わりはない。
決めるのは自分
今月初旬、長野市内の高台にある往生地(おうじょうじ)地区の公民館で開かれた防災に関するワークショップ。「過去に一度、土砂が崩れたことがある」などと水害を振り返る年配者の経験談に、参加者は熱心に耳を傾けた。
ワークショップは自主避難啓発活動の一環で、監修する京都大学防災研究所の畑山(はたやま)満則教授は「大災害で助かった人たちに聞くと、自治体の警戒レベルの引き上げを待たず、それぞれが独自に避難し自分の命を守っていた」と解説。行政による避難情報に頼る待ちの姿勢ではなく、自分たちの判断で避難のタイミングを決める、いわば経験則に基づく「避難スイッチ」の重要性を指摘する。
スイッチ発動には「川の水が濁っている」「水路があふれている」といった普段とは違う現象を早期にキャッチすることが欠かせない。このため、活動で使うスマートフォンには互いに会話を投稿する「チャット機能」を備えた。
大雨による近隣の川や土砂の変化に気づいた人がいち早く投稿し、防災リーダーらが地域に避難所を開設、そこに住民が避難するという流れを想定。避難スイッチ発動の精度を高めるため、現在、地区周辺の水はけ具合も計測中だ。
災害時の避難を巡っては昨年7月、大量の盛り土が崩落し、27人(災害関連死含む)が犠牲になった静岡県熱海市の大規模土石流の行政対応が問題視されている。同市の斉藤栄市長が被災当日、避難指示の発令を見送ったことで被害が拡大したとみられるからだ。
斉藤氏はこれまで避難指示見送りの理由について「土壌の水分含有量が下がっていくという予測があったから」などと説明しているが、犠牲者遺族らは「指示が出ていれば避難し、犠牲者は最小限に抑えられた」と憤る。
「てんでんこ」手本に
豪雨による風水害とは異なるが、避難スイッチの手本となるのが「津波てんでんこ」だ。
強い揺れを感じたら、津波が来る。自らの命を守るため、肉親にもかまわず、各自てんでんばらばらにいち早く高台に逃げろ-。巨大津波に見舞われてきた岩手県の三陸沿岸で長年伝承されてきた「命を守る教訓」が東日本大震災で生きた。
震災の死者・行方不明者が計約1300人に上る岩手県釜石市で、当時約3千人の小中学生が津波てんでんこを実践、ほとんど犠牲者を出さず「釜石の奇跡」と呼ばれたのは有名で、防災教育のモデルとして今も注目されている。
あの日、津波で校舎は浸水したが、小中学生が危険を察知し、いち早く高台に逃れて無事だった釜石東中学校と鵜住居(うのすまい)小学校は今も巨大地震を想定した合同訓練を重ねる。
訓練は実践的で、炊き出しや応急仮設トイレの設置に加え、下校時や休み時間の抜き打ち訓練もある。震災が風化しないよう地元の震災経験者の講話を防災学習に組み込んでいる。釜石東中の金田美輝子副校長は「子供たちが自分で判断することと、地域と一体化するのが大事」と力説する。
ゲーム形式で訓練
同時に、混乱しがちな避難所の受け入れ訓練も欠かせない。平成27年の東日本豪雨で甚大な被害を受けた茨城県常総市では今月3日、豊岡小学校の教諭らが巨大地震発生を想定したゲーム形式の避難所運営訓練に取り組んだ。
避難者は高齢者や妊婦のほか、旅行者、外国人とさまざま。新型コロナウイルスや安否の問い合わせ対応、仮設トイレの設置…。訓練とはいえ、参加者は「(避難者が)どんどん来るので、パニックになった」「ゲームなのにドキドキした。これが本番だったら…」と口をそろえ、災害対応力の向上を痛感している様子だった。(原田成樹、石田征広、篠崎理)