テスラが披露したヒト型ロボットは、その開発の難しさと“秘めたる可能性”を浮き彫りにした

例えば、現在は韓国の現代自動車(ヒョンデ)傘下となったボストン・ダイナミクスは、ヒト型ロボット「Atlas(アトラス)」にパルクールやダンスをさせたりしている。テスラのイベントの数日前にはスタートアップのAgilityが、2本足のロボットがダチョウのような足取りで陸上競技用トラックを跳ね回る動画を公開している。しかも、これまでのどの2足歩行ロボットよりも速く100mを走ったのだ。

これらのロボットは長年の研究を経て開発されているものの、その身体的な能力は驚くほど限られている。歩行ロボットが話題になる瞬間は慎重に制限された状況で生まれ、多くの場合は人間に遠隔操作されている。

ロボット開発の理想と課題

現在、そして近い将来にロボットに現実的に何が期待できるかについて、テック業界の大物たちの間でも“混乱”が生じていることは理解できる。マスクは以前、一部の工場で自動化を進めすぎたことで、テスラの電気自動車(EV)の生産目標が達成できなかったことを認めている。

AIの進歩は、ロボット工学との関係においてパラドックスとも言える側面がある。コンピューターは最近のAIの進歩のおかげで、複雑なビデオゲームやタンパク質のモデリング、音声の確実な書き起こし、テキスト入力による芸術的な画像の生成など、かつて不可能だった多くのことを実行できるようになった。これにより、ロボット工学における“革命”にも期待がもたれている。

ところが、いざ“仮想世界”から現実世界へと移行させるとなると、無数の課題が突きつけられる。例えば、AIはロボットにシミュレーションでは対象物の扱い方を教えることができる。ところが現実世界でそれを実行しようとしたり、対象物や設定が変更されたりすると、簡単に失敗する可能性があるのだ。

テスラのイベントでは、まだ披露できるような進歩は多くはなかった。それでも高度なヒト型ロボットへの取り組みに対する意気込みは示されている。

テスラの研究者たちは、より優れたロボットを開発する上で鍵となる多くの分野で進行中の取り組みを駆け足で紹介した。例えば、アクチュエーターや認知機能、ナビゲーション、シミュレーションといった分野の取り組みにより、ロボットを制御する技術を実物に適用する前に磨き上げられる。

「優れた初期設計」という現実

なりゆきを見守るロボット専門家からは、テスラが急速に開発のピッチを上げているとの声も上がっている。「根本的に画期的なことは何もありませんが、素晴らしい取り組みだと思います」と、ブラウン大学助教授のステファニー・テレックスは言う。

カリフォルニア大学デービス校でロボット工学とAIを研究するヘンリック・クリステンセンは、テスラの自社製ヒト型ロボットについて「優れた初期設計」であると説明する。一方で基本的な歩行や、物体を掴んだり動かしたりする動作をこなせる証拠をテスラが示していないとも指摘する。

ミシガン大学教授で歩行ロボットの研究に取り組むジェシー・グリズルは、テスラのプロジェクトは初期段階とはいえ順調に進んでいるように思えると語っている。「最初はロボット風の衣装を着た人間だったのに、13カ月でハードウェアによるロボットに移行している状況は、かなり驚くべきことです」

グリズルは、テスラがEVのバッテリーや電気モーターなどの分野において経験とノウハウをもっていることが、同社のロボットの技術的な進歩に役立つ可能性があるとも指摘する。

マスクはロボットの最終的な価格が約20,000ドル(約290万円)なるだろうと、今回のイベントで宣言している。このプロジェクトの壮大さを考えると驚くような価格であり、いまのテスラ車のどのモデルよりも大幅に低価格だ。

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