学童疎開船「対馬丸」元教師が編んだレース、上皇后さまのお手元に今も

那覇市の対馬丸記念館に展示されている糸数裕子さんの手編みのレース(同館提供)
那覇市の対馬丸記念館に展示されている糸数裕子さんの手編みのレース(同館提供)

上皇后さまがお住まいで、大切に飾られている1枚のレースがある。先の大戦後期に米潜水艦に撃沈され、約1500人が犠牲になった沖縄の学童疎開船「対馬丸」で、生き残った元教師の女性が、教え子らを思って編んだ作品の一つだ。女性は9月に亡くなり、生前に手がけたレースの一部は平和への願いを伝える資料として、那覇市の対馬丸記念館にも展示されている。

女性は、9月29日に97歳で亡くなった糸数裕子(みつこ)さん。昭和19年8月、児童ら13人の引率として対馬丸に乗船。船が撃沈された後、いかだにしがみついて漂流しているところを救助されたが、児童らは全員、帰らぬ人に。終戦後も自責の念に苦しみ、体験を公に語るようになったのは30年以上たってからだった。

平成26年、上皇ご夫妻が慰霊のため、対馬丸記念館を訪問された際のこと。事件の遺族や生存者との懇談の機会が設けられ、記念館の外間邦子・常務理事(83)が糸数さんにも声をかけたが、「私はたくさんの子供たちを、助けることができなかったから…」。そうつぶやき、「遺族のことを考えると、自分は両陛下(上皇ご夫妻)にお会いする資格がない」と参加を固辞したという。

代わりに、糸数さんは手編みのレース数枚を記念館に託した。「子供たちの慰霊の機会に、何か自分にできることを、と考えられたのではないか」。外間さんは、そうおもんぱかる。

レースは当日、慰霊碑の献花台やご夫妻のご休憩所に飾られた。美しいレースに目をとめた上皇后さまに、外間さんが経緯を説明すると「静かに、耳を傾けられていた」(外間さん)。後日、レースの1枚が上皇后さまに寄贈された。

糸数さんが亡くなったことを受けて、記念館では、残されたレースを展示。学芸員の堀切香鈴(かりん)さん(24)は、「一針一針に思いが込められている。遺族だけでなく、生存者も苦悩を抱えていたことを伝える、貴重な資料」と話す。

関係者によると、上皇ご夫妻は糸数さんの訃報を受けて側近を通じ、遺族に弔意を伝えられた。上皇后さまは仙洞御所に転居後も、レースを身近な場所に飾られているという。外間さんは「対馬丸には、上皇ご夫妻と同世代の子供たちが乗船していた。レースを通じて、事件の悲惨さ、糸数先生の思いを深いところで理解し、大切にしていただいているのだと思う」と話している。(緒方優子)

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