金頭一(キム・ドゥイル)という聞きなれない名の男がいる。北朝鮮の〝2代目〟金正日(ジョンイル)(1942~2011年)の音楽担当秘書として約30年にわたり、影のように寄り添い続けた「懐刀(ふところがたな)」。70年代以降、まず文化芸術部門を掌握してから、後継者の座を確実にしていった金正日を音楽面から支えた「理論的支柱」である。
とりわけ、父親の金日成(イルソン)が94年に死去した後、金正日が前面に打ち出した軍事を優先する「先軍政治」に音楽をミックスさせ、〝政治を音楽的に行う〟という概念を作り出し、理論構築を図った功績が評価されているという。ただし、そのポストはあくまでも「影」であった。
影のポストでの仕事が表(公(おおやけ)の場)に出ることはめったにない。大きな権限を持ちながら〝奥の院〟で己の存在は消し、ひたすら金一族のために身を尽くすのだ。