海底のレクイエム

屋久島の四式戦闘機「疾風」

四式戦闘機「疾風」は中島飛行機が開発、昭和18(1943)年に初飛行した日本陸軍の戦闘機である。速力、武装、運動性能、防御力に優れた機体として「大東亜決戦機」と称され、中国大陸やフィリピン、本土防空戦で活躍した。

プロペラと発動機架が残る「疾風」のハ45エンジン。中央やや左には、3本ならんだ排気管が見える(戸村裕行撮影、2018年8月)
プロペラと発動機架が残る「疾風」のハ45エンジン。中央やや左には、3本ならんだ排気管が見える(戸村裕行撮影、2018年8月)

鹿児島県に属する世界自然遺産、屋久島。独自の生態系を有し、世界中から観光客が訪れているこの島にも、太平洋戦争の遺物が残っている。

屋久島の最北端に位置する一湊(いっそう)と呼ばれる集落の港から、漁船に乗り数分いった水深約20メートルの湾内に、この発動機周辺だけの「疾風」が裏返った状態で静かに眠っていた。

まわりは何もない砂地で、アザハタなどの魚の住処となっている。日時は不明だが、戦時中に飛行機が不時着水をしてパイロットは無事だったという現地の証言もあるそうだ。

九州の基地から、飛行第47、101、102、103戦隊などが沖縄戦に参加しており、この「疾風」もそれらの部隊に所属した一機だったのであろう。

このハ45は、海没した発動機としては、状態は悪くない。中央下には、減速室上部(写真では下)にある配電器両側からでている蛇管で集められた点火コードなども残っている(戸村裕行撮影、2018年8月)
このハ45は、海没した発動機としては、状態は悪くない。中央下には、減速室上部(写真では下)にある配電器両側からでている蛇管で集められた点火コードなども残っている(戸村裕行撮影、2018年8月)
ハ45は「疾風」を始めとして、戦争後半の日本陸海軍戦闘機をささえた日本初の実用二千馬力級発動機だった(戸村裕行撮影、2018年8月)
ハ45は「疾風」を始めとして、戦争後半の日本陸海軍戦闘機をささえた日本初の実用二千馬力級発動機だった(戸村裕行撮影、2018年8月)
群れる魚が多く、少し分かりづらいが、上がプロペラで下が発動機架となる。この部分だけで1000キログラムを超えている(戸村裕行撮影、2018年8月)
群れる魚が多く、少し分かりづらいが、上がプロペラで下が発動機架となる。この部分だけで1000キログラムを超えている(戸村裕行撮影、2018年8月)
下側が砂に埋もれていることもあり、ダイバーと比べてそれほど大きく見えないハ45エンジン(戸村裕行撮影、2018年8月)
下側が砂に埋もれていることもあり、ダイバーと比べてそれほど大きく見えないハ45エンジン(戸村裕行撮影、2018年8月)

水中写真家・戸村裕行

1982年、埼玉県生まれ。海底に眠る過去の大戦に起因する艦船や航空機などの撮影をライフワークとし、ミリタリー総合誌月刊『丸』にて連載を担当。それらを題材にした写真展「群青の追憶」を靖國神社遊就館を筆頭に日本各地で開催。主な著書に『蒼海の碑銘』。講演、執筆多数。

雑誌「丸」
昭和23年創刊、平成30年に70周年迎えた日本の代表的軍事雑誌。旧陸海軍の軍 艦、軍用機から各国の最新軍事情報、自衛隊、各種兵器のメカニズムなど幅広 い話題を扱う。発行元の潮書房光人新社は29年から産経新聞グループとなった 。毎月25日発売。

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