《1945(昭和20)年8月16日、日本領南樺太。本土の日本人がやっと空襲の恐怖から解放されたころ、北海道の北40キロ、〝魚の下半身をちぎった〟ような細長い島では日ソ中立条約を破り、火事場泥棒のように攻め込んできたソ連の「赤鬼」によって〝地獄の釜のフタ〟が開かれようとしていた。日本はすでに降伏を伝えている。だが赤鬼は停戦交渉にきた日本軍の軍使を射殺し、白旗を掲げた住民や女、子供にまで容赦なく銃弾の雨を降らせた…》(※傍点筆者)
手前みそながら、これは平成26年4月から1年間、私が産経新聞に連載した小説『アキとカズ 遥かなる祖国』の一節である。小説だが、この部分は史実だ。
沖縄の地上戦で多くの民間人が犠牲になったことはよく知られているが、樺太でも同じことがあった。樺太で犠牲になった民間人は4千人以上。しかも、多くは「8月15日以降」である。その惨劇を知ってほしくて小説を書いた。