ソ連の北海道侵攻阻止 樋口中将の功績、未来へ 淡路島で銅像除幕式

建立された樋口季一郎中将の銅像と、孫で顕彰会会長の隆一氏=令和4年10月11日午後0時48分、兵庫県淡路市多賀、伊弉諾神宮(藤崎真生撮影)
建立された樋口季一郎中将の銅像と、孫で顕彰会会長の隆一氏=令和4年10月11日午後0時48分、兵庫県淡路市多賀、伊弉諾神宮(藤崎真生撮影)

先の大戦の終戦時、旧日本陸軍の第5方面軍司令官としてソ連の北海道侵攻を阻止したことで知られる樋口季一郎中将(1888~1970年)の功績を伝える銅像が、出身地・淡路島の伊弉諾(いざなぎ)神宮(兵庫県淡路市)に建立され、樋口中将の命日に当たる11日、除幕式が行われた。

樋口中将は淡路島内にある現在の同県南あわじ市出身。旧満州国のハルビン特務機関長時代には、ソ連やナチス・ドイツの迫害から逃れた約2万人のユダヤ難民を受け入れた脱出ルートは後に「ヒグチルート」と呼ばれた。終戦時は北海道や千島列島などの防衛担当司令官。昭和20年8月15日以降も侵攻するソ連軍に自衛戦で挑み、独裁者・スターリンに北海道占領を断念させた。

銅像は孫で明治学院大名誉教授の隆一氏(76)が会長を務める顕彰会が建立した。軍服で刀を手にする高さ約1・7メートルの等身大だ。淡路島出身の偉人らを祭る淡路祖霊社が境内にあることなどから、伊弉諾神宮が建立地に選ばれた。

式典には国内外から約250人が参加。隆一氏はあいさつで「ロシアによるウクライナ侵略が世界平和を脅かしていますが、終戦時に樋口がソ連の北海道侵略を止めていなければ、日本は今のウクライナと同じ運命をたどったに違いない」と祖父の功績をたたえた。伊弉諾神宮の本名孝至宮司も「樋口中将を顕彰しつつ、その気持ちを未来の日本人たちに伝えることを願いたい」と訴えた。

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