痛みを知る

ホスピスと緩和ケア なにが違うのか

映画「象の背中」のなかで、役所広司さん演じる主人公(末期の肺がん)が入所している〝ホスピス〟に、長兄(岸部一徳さん)がスイカを提げて訪ねてくるシーンがあった。主人公は「本当は怖いんだ」と内心を吐露する。秋元康さんの原作小説には、見舞いにきた脳梗塞の後遺症がある岳父から「もう頑張らなくていい、楽になりなさい」との言葉をかけられた主人公が絶句する、とのくだりがある。

がんの終末期医療のあり方が大きくクローズアップされた1980年代に、ホスピスの概念が生まれた。さらには、末期がん患者さんにとっての終末期医療を意味する「ターミナルケア」との言葉が用いられるようになった。現在、このターミナルケアは「緩和ケア」とも呼ばれるようになっている。ちなみに、フランス語圏ではPCU(Palliative(パリアティブ) Care(ケア) Unit(ユニット))の名称で呼ばれている。

ただ、これらの用語の使用にあたっては若干の混乱があるようだ。従来のホスピスは宗教(キリスト教)的な背景をもち、治癒不可能な病気を抱えた終末期の患者さんを広く受け入れている。一方、緩和ケア病棟は宗教的な背景をもたず、末期のがん患者さんとAIDS(後天性免疫不全症候群)患者さんのみを受け入れる施設を指すと考えてよい。

ホスピスとの呼称はラテン語の「hospitium(ホスピティウム)」(客を厚遇するの意)に由来し、施設としての歴史は古い。十字軍の時代に、教会や修道院が聖地巡礼者に宿泊、医療施設を提供したことが始まりとされている。その精神の中核には「私の兄弟である最も小さき者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」(「新約聖書」マタイによる福音書25章40節)とのキリストの言葉がある。

近代では1967年、女医シシリー・ソンダースによってロンドン郊外に設立された「セントクリストファーズホスピス」がその草分けである。わが国では、1981年に聖隷三方原病院(浜松市)、1984年には淀川キリスト教病院(大阪市)に設置され、以後、ホスピス機能を備えた有床診療所なども相次いで開設された。

「日本ホスピス緩和ケア協会」によれば、2021年時点で緩和ケアの届け出施設数は459、総病床数は9464床である。その人らしい死を迎えるための緩和ケアを主軸に据えた施設が定着しつつあるのだ。

私が所属していた研究会で、在宅ならびに有床診療所での緩和ケアに心血を注いでおられる野の花診療所(鳥取市)の徳永進医師に講演をお願いしたことがある。徳永医師は、死の臨床を見つめ続けた実体験を基にした著書を多く発表されている。講演で徳永医師はこう語った。

「死を鋳型にはめて、狭く捉えることからは自由でありたい。死はそばで働く者にしか自分のすべてを開示しない。だから死のそばで働き続ける」

【略歴】森本昌宏(もりもと・まさひろ) 大阪なんばクリニック本部長。平成元年、大阪医科大学大学院修了。同大講師などを経て、22年から近畿大学医学部麻酔科教授。31年4月から現職。医学博士。日本ペインクリニック学会名誉会員。

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