小林繁伝

「米国に帰る」…王700号の翌日、助っ人の暴挙 虎番疾風録其の四(106)

憤然とマウンドを降りる巨人のライト投手(手前)=昭和51年7月24日、川崎球場
憤然とマウンドを降りる巨人のライト投手(手前)=昭和51年7月24日、川崎球場

せっかく、王の700号が飛び出し、素晴らしい後半戦のスタートを切ったというのに、翌7月24日の大洋17回戦で「事件」が起こった。

1―1で迎えた六回、先発のライトがゲーリーに右前打され、無死一、二塁のピンチを招く。ベンチから杉下コーチが通訳を連れてマウンドへ向かう。2人が三塁のラインを越えると、ライトは憤然とマウンドを降りた。

「おい、どこへ行く?」と声をかける杉下コーチを無視してライトはベンチへ。マウンドでは集まった内野陣も「どうしたんだ?」という表情。


◇7月24日 川崎球場

巨人 010 000 000=1

大洋 010 002 00×=3

(勝)奥江8勝9敗2S 〔敗〕ライト4勝3敗

(本)ジョンソン⑨(奥江)


ライトは暴れまくった。持っていたボールをベンチにぶつけ、バットで壁を叩く。ライトは大リーグ時代に相手ベンチの25人を向こうにまわして喧嘩した―という激しい気性。ベンチの選手たちも肩をすくめた。

「オレはアメリカに帰る! オレを人間として扱わないこんなチームで投げたくない。オールスター中も〝練習しろ〟というからやった。それなのにこの扱いは許せない!」

ロッカールームでは脱いだユニホームの上着をスパイクで踏みつけ、ズボンを股のところからビリビリに引き裂いた。

ライトにしてみれば、なぜ、こんな場面で交代なんだ―という怒り。KOされたのならまだしも、ここで降りたら何も残らない。事実、2番手の高橋が打たれて決勝点を奪われ、ライトが「敗戦投手」になった。

実は6月上旬にはジョンソンも「代打」を出され「ここで代打を出すぐらいならなぜ、守りに就かせるんだ。守らせておいて次の回に代打を起用するのは大変な屈辱だ」と大騒ぎになった。

2人の「怒り」の原因は彼らの心にある「信頼されていない」という寂しさ―といわれた。先輩の田村慎三郎先輩はこう指摘した。

「勝つも負けるも自分の責任という米国人の自覚は、長いものに巻かれろ式の日本的思考とは全くの相違がある。個人を主張する米国人と団体あっての個人―とする日本人。日本流の思考を彼らに押し付けようとする〝愚かさ〟を早く悟るべきだ。お互いの〝尊敬〟なくして〝信頼〟は生まれない」

筆者もその通りだと思う。(敬称略)

■小林繁伝107

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