「秋の風物詩」御堂筋のギンナン落とし 景観、歩行者ファーストの支えに

イチョウから落としたギンナンを集める作業員たち=9月26日夜、大阪市北区(渡辺大樹撮影)
イチョウから落としたギンナンを集める作業員たち=9月26日夜、大阪市北区(渡辺大樹撮影)

大阪のキタとミナミを結ぶ御堂筋。そのシンボルといえば、沿道に植えられた約970本のイチョウだろう。紅葉シーズンには美しい黄色のラインが道路を彩り、秋の深まりを告げてくれる。それを支えるのが、関係者の人知れない努力と工夫だ。

歩行者の安全守る

9月26日午後10時すぎ、大阪市北区の新御堂筋の沿道。紅葉シーズンを前にした恒例の作業「ギンナン落とし」が、御堂筋との合流地点まで約100メートル、梅新東交差点の南東から始まった。

高所作業車が稼働し、造園業者の男性が約10メートルの上空へ。

「パラパラパラ…」

イチョウをよく確認しながら木を手で揺らしたり、熊手のような器具で引っかいたりすると、まるで雹(ひょう)が落ちてきたかのように数えきれない量のギンナンが降ってきた。

路上のビニールシートに激しく打ち付けられるギンナン。「今年はギンナンが少ない」との情報も耳にしていたが、事情は違っていたようだ。

あっという間にビニールシートを埋め尽くしたギンナンを、今度は別のスタッフが手作業で回収する。中には、はずみでシートから離れた場所に飛ばされたギンナンもあり、拾い漏れに細心の注意を払いながら回収作業は進む。

「歩行者が、落ちたギンナンを踏んで滑ってしまう危険もあります。安心安全のためギンナンを落としています」と、作業を担当する大阪市の扇町公園事務所の近藤歩所長。

囲いで歩道の一部を封鎖するなど、深夜でも目立つギンナン落とし。以前は昼間に行われ、「秋の風物詩」として親しまれた光景だったが、付近の交通事情などを考慮し、平成21年度から夜中のスタートに切り替えたという。

イチョウから付着したギンナンを落とす作業員たち=9月26日夜、大阪市北区(渡辺大樹撮影)
イチョウから付着したギンナンを落とす作業員たち=9月26日夜、大阪市北区(渡辺大樹撮影)

「何してるんですか」

「ギンナン落としです」

「あぁ」

一瞬足を止め、合点がいった様子で立ち去る男女。時間帯は変わっても、作業が市民に浸透していることを物語るシーンだった。

近藤所長は「イチョウ並木の景観を守るためにも大事な作業です」と話す。集まったギンナンは11月に市民に配布される見込みという。

計画的な並木管理

大阪が誇るイチョウ並木の景観は、御堂筋の完成や成熟とともに変化してきた。

今から85年前の昭和12年、幅44メートル、長さ4・2キロという当時としては類をみない規模で整備された御堂筋。それより前は幅5メートルほどの短い通りだったが、大正12年に大阪市長に就任した関一(せきはじめ)が100年先の未来を見据え、拡幅方針を打ち出した。

東洋特産で季節感があるイチョウか、パリのシャンゼリゼ通りに植えられていたプラタナスか。御堂筋を彩る街路樹は何がふさわしいのか、当時の市役所内で議論が紛糾したとのエピソードも残る。

結局は大阪駅前から大江橋まではプラタナス、大江橋以南はイチョウとする折衷案で落ち着いた。しかしプラタナスは成長が早い半面、台風などの際には被害に遭いやすいといった一面もあるとされ、徐々にイチョウに植え替えられるように。平成23年ごろには御堂筋の街路樹は全てイチョウとなったという。

大阪市緑化課によると、沿道にあるイチョウ約970本のうち、ギンナンをつける雌樹は約260本。一方でギンナンを「臭い」と思う市民も多く、市は必要に応じて新たに植え替えるイチョウを、ギンナンのつかない雄樹に切り替えている。またそれぞれに「樹木カルテ」が作成され、計画的に管理されている。

「人中心」の空間へ

御堂筋の価値をどう守り、発信していくのか。新たな取り組みも進む。

昭和45年の大阪万博を機に側道2車線を含む南行き一方通行の6車線となった御堂筋。しかし近年の車の交通量は約40年前から4~5割程度も減った。これに対し、歩行者や自転車の交通量が増えているという。

こうした社会情勢の変化を踏まえ、大阪市は平成31年3月に「御堂筋将来ビジョン」を策定。御堂筋を「人中心」のストリートに空間再編すると打ち出した。

全域が歩道化された御堂筋のイメージ。完成から100周年を迎える令和19(2037)年をめどにした構想だ(大阪市建設局提供)
全域が歩道化された御堂筋のイメージ。完成から100周年を迎える令和19(2037)年をめどにした構想だ(大阪市建設局提供)

同ビジョンによると、具体的には大阪・関西万博が開催される2025年に向け、淀屋橋~難波間の側道を歩道化し、新たなにぎわいを創出。さらに御堂筋の完成から100周年にあたる令和19(2037)年をめどに、本線4車線を含めた完全歩道化を模索するとした。

実現に向けて重要になるのが、市民の理解だ。市は、車道を歩行者に開放して歩行者天国にするイベントといった社会実験などを通じ、機運醸成を図っている。

今月4日からは、長堀通~道頓堀川までの側道約700メートルが閉鎖された。約1カ月半、側道閉鎖に伴う交通などへの影響を検証する。市によると、同区間の東側側道が5年度末に歩道化される見込みだ。

関一が見据えた「100年先」まであと15年。絶えず変化を続ける大動脈には、大阪の歴史と未来が詰まっている。(細田裕也)

会員限定記事会員サービス詳細