マーライオンの目

催涙ガスの記憶

1日、インドネシア東ジャワ州のサッカー場で、グラウンドに乱入する観客ら(AP=共同)
1日、インドネシア東ジャワ州のサッカー場で、グラウンドに乱入する観客ら(AP=共同)

インドネシアの競技場で1日に発生した事故は大きな悲劇となった。確認された死者は5日時点で131人。サッカーの試合をめぐる犠牲者としては、1964年にペルーで300人超が死亡した事故に次ぐ規模だという。「いつか大事故が起きるとは思っていた」。知己の地元ジャーナリストはこう打ち明けた。

ピッチに侵入したファンに警官隊が催涙弾を発射した結果、逃げようとした観客が出口に殺到。多数の窒息死や圧死につながったもようだ。国際サッカー連盟(FIFA)は混乱拡大への懸念から催涙ガス使用を禁じており、〝人災〟の気配が漂う。地元メディアによると、競技場での催涙ガス使用は今回に限った話ではないという。

催涙ガスと群衆でよみがえった記憶がある。2019年に香港で「逃亡犯条例」改正案を発端とした抗議活動を取材した際のことだ。当時、デモ隊に対する警察の催涙弾使用が常態化していた。取材中に何度か催涙ガスを浴びたが、皮膚の痛みと大量の涙が止まらなかった。

催涙ガスに市民が逃げ惑う様子は、幸福な市民生活とはかけ離れたものだ。「警察官が横暴な街はろくなところではない」。冒頭のジャーナリストが偶然にも香港市民とほぼ同じ言葉を口にしたことが印象に残った。(森浩)

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