小林繁伝

初の球宴は敗戦投手…パの4番門田が一発 虎番疾風録其の四(104)

ライバルでもあった南海の門田博光(左)と阪急の加藤秀司=昭和51年9月12日、大阪球場
ライバルでもあった南海の門田博光(左)と阪急の加藤秀司=昭和51年9月12日、大阪球場

昭和51年7月17日から始まったプロ野球オールスター戦。堂々「投手部門」のファン投票1位に選ばれた小林にとって、そこは憧れの〝夢舞台〟。

小林は後楽園球場での第2戦で先発のマウンドに上がった。


◇7月18日 第2戦 後楽園球場

全パ 210 013 211=11

全セ 000 100 000=1

(勝)山口1勝 〔敗〕小林1敗

(本)門田博①(小林)山本①(鈴木)福本②(松岡)大熊①(新浦)


いきなり先頭の福本(急)に四球を与えると二盗、三盗を決められ、2死三塁から門田博(南)に右翼へ先制のホームランを浴びる。二回には投手の山口(急)にまでヒットを打たれ、結局3回を投げ、打者14人、4安打、1三振、1四球、3失点で敗戦投手だ。

「公式戦では投げない真っすぐを投げたから打たれるのは当然ですよ」と小林はご機嫌ななめ。全セの捕手は田淵(神)。ストレートばかりのサインに「イヤだ」とは言えなかったようだ。

門田は2打席目に中前打。3打席目で左中間三塁打を放ち、あと二塁打が出れば史上初の〝球宴サイクル男〟となるところだった。実はこの日、門田が使っていたバットは王からプレゼントされたもの。「これを門田君に渡してください」と王が試合前に野村監督へ預けた4本のうちの1本だった。

「これまでも10本ぐらい頂いています。握りの太さも重さもボクのバットと同じ。実にしっくりくるんですよ。もちろん、このバットはボロボロになっても手放しませんよ」

3度目の出場で初の「4番」を打った門田。すっかりパ・リーグの「顔」だ。

51年の球宴には監督推薦で阪神の掛布も初出場を果たした。第1戦(川崎)を終えた掛布は久しぶりに千葉の実家に帰った。そして第2戦、父・泰治さん、母・テイ子さん、姉・優子さん、妹・道代さんを後楽園球場に招待した。

「第1戦はうれしすぎて、ベンチに座っているだけで気疲れしました。きょうは練習のときから幸せいっぱいでした」

六回、松岡(ヤ)の代打で登場。山内(南)の5球目を引っ張り、快音が響く痛烈な当たり。惜しくも一塁・小田(日)の好守に阻まれたものの両軍ベンチやスタンドを「おおぉ!」と唸らせた。

小林入団4年目の23歳。掛布3年目の21歳。初めての〝夢舞台〟である。(敬称略)

■小林繁伝105

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