安倍晋三元首相が銃撃された現場付近=7月8日、奈良市(本社ヘリから)
安倍晋三元首相が銃撃された現場付近=7月8日、奈良市(本社ヘリから)

安倍晋三元首相が選挙演説中に白昼堂々、銃撃されて死亡するという歴史的な事件は、現場に「見える形」で記録されないことが決まった。周辺にも事件の概要を伝えるプレートや現場の位置を示す目印も置かないという。「卑劣なテロを許してはならない」という教訓を後世に伝えなくていいのか。全く納得できない。

事件直後、奈良市の仲川げん市長は現場周辺に追悼の場を設置することを検討していたが、一部市民から批判の声が寄せられた途端にトーンダウンした。最終的に有識者らの意見を募ったが、交通安全上の理由などから慰霊碑などの設置に慎重な意見が多く、「構造物で弔意を示すことはしない」という結論に至ったという。

現場はガードレールに囲まれた「中州」のようなスペースで、もともと車道が整備される予定だった。確かに道路計画を変更してまで慰霊碑を建てることを選択しなかったのは百歩譲って理解できる。ただ、現場周辺には花壇や新たな歩道も整備されるのだ。テロに斃(たお)れた戦前の首相経験者らのケースと同様に、周辺にプレートを設けるなど後世に向けてテロの教訓を伝える方法はいくらでもあるはずだ。

事件を巡っては、いまだ政治家と旧統一教会との関係をめぐる問題などさまざまな波紋を広げている。安倍氏の国葬について賛否が渦巻いたのも記憶に新しい。だが、卑劣な事件が起きた現場をどう記録に残すのかという問題は、安倍氏の政治的評価はもちろん、国葬や旧統一教会と同一の視点で語るべきではない。

仲川市長は「今後、構造物を置く必要性があれば、そのときに議論すればよい」と人ごとのように説明した。銃撃当時、仲川市長も現場にいたのだ。今後変更する余地を残したとはいえ、政治家として果たして責任と信念をもった決断といえるのか。(有川真理)

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