協会の垣根越え落語を一つに 円楽さんプロデュースのイベント 今年も11月に九州で

昨年の「博多・天神落語まつり」の開催をアピールする三遊亭円楽さん(中央)=令和3年7月
昨年の「博多・天神落語まつり」の開催をアピールする三遊亭円楽さん(中央)=令和3年7月

9月30日に72歳で亡くなった落語家の三遊亭円楽さんは、福岡県などで毎年秋に開かれる落語の祭典「博多・天神落語まつり」のプロデュースを手掛け、関東や関西(上方)の寄席に劣らない落語イベントを育て上げた。所属協会の垣根を越え東西の落語家が出演するイベントは珍しく、円楽さんは福岡の地で東西交流の意義を訴え続けた。今年も11月3~6日に福岡市中央区のFFGホールなどで開催予定で、企画担当者はファンの思いに応えたいと準備を進めている。

落語家の六代目三遊亭円楽さん死去

亡くなった実感ない…

「まつりの会場に師匠がいないのは(開催から)16年目にして初めて。いまだに亡くなった実感がない」。イベントに携わる企画制作会社、アム・トゥーワン(福岡市)の菊田敏明取締役(67)は3日、取材にこう語った。

イベントが企画されたのは平成18年。落語事業に携わる菊田氏が「こんなにおもしろい日本の話芸はない」と注目される落語会を福岡で開催することへの思いを円楽さんに伝えると「いいよ、おれが噺家(はなしか)をそろえるから、地元の協力をまとめてくれ」と快諾。翌19年の初開催時には約6千人が集まった。

「いまこそ東西一つに」

出演する落語家は徐々に増え、50~60人が集まる日本最大規模の落語の祭典として定着。熊本や鹿児島でも同時開催され、多い年で延べ約2万人が来場した。令和2年には新型コロナウイルス禍で客数が半数に制限され、菊田氏は大赤字を覚悟したが、円楽さんは出演予定者に「出演料が3分の1しか払えないが、よろしければ出てください」とメッセージを送り、全員出演を快諾。昨年の記者会見で円楽さんは「仲間は金では動いていない。東西のごく一部(の落語家)には見えない壁があるが、仲間としてやっていく芽生えができている。今こそ東西一つ、気持ちを一つにして、日本人が作った素晴らしい文化を日本中に発信したい」と語っていた。関係者には、協会や団体ごとの縦割り意識が強い落語界で、関東や関西ではできない交流が福岡でできる意義を強調していたという。

円楽さんと落語文化の普及に取り組んできた菊田敏明氏
円楽さんと落語文化の普及に取り組んできた菊田敏明氏

遺志継ぐ若手が頑張って

今年は円楽さんが企画した最後のイベントとなる。脳梗塞で入院し、リハビリに励みながらも開催に強い意欲を示し、9月には「引き継いでくれる人がいるなら続けてほしい」と今後の思いを語っていた。菊田氏は「とにかく明るく洒落(しゃれ)のきいた会にし、ファンの思いに応えたい」と語った。

円楽さんの姿勢には落語の普及に取り組む九州の関係者からも称賛の声が寄せられている。熊本県八代市で落語教室を開く「宮嶋利治学術財団」の村山忍理事長(78)は「落語は間の取り方や表情、体の動かし方など全てが芸術。魅力を伝えるには本物に触れることが一番大事。円楽さんの遺志を継ぐ若手の方に頑張ってほしい」と語った。(一居真由子)

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