新聞に喝!

「中台沖」50年の視点がほしい 京都府立大教授・岡本隆司

3カ月ほど前、小欄で日中国交正常化50周年の話題をとりあげた。それはとりもなおさず台湾断交50周年を意味する。「正常」な「国交」で対立が深まり、断交で関係が好転した逆説は、何を意味するのか、心ある読者にみなおしてほしかった。

去る9月29日はその記念日。前後を通じて、催しはいくつもあったと仄聞(そくぶん)する。しかし世上の関心が高まるほどに、新聞・メディアがとりあげてきたとは思えない。往時は「北京の秋空が美しかった」という讃辞(さんじ)に始まって、たいへんな騒ぎだったはずである。

この数週間、日本では台風が襲来し罹災(りさい)も甚大、政府日銀の為替介入を招くほどの円安・物価高に見舞われ、安倍晋三元首相の国葬もあった。英国女王の死去・国葬も加わっては、世上の関心はとても日中関係に向かう暇がない。それなりに理解できる話ではある。

もっとも、理解はしても納得はできない。英国女王にまつわる大々的な報道は、個人的には違和感を禁じ得なかった。現代の日本人にとって、日中関係も劣らず重要ではないだろうか。

しかも50周年は、日中台にとどまらない。今年は沖縄本土復帰50周年でもある。5月15日の記念式典も、注視した新聞はあったとはいえ、やはり世上の関心は低かったと仄聞する。先日の知事選の動向も、その流れと無関係とは思えない。

中国・台湾・沖縄、いずれも半世紀をへた現在、情勢はいよいよ厳しくなった。しかも問題はそれぞれ孤立してはいない。沖縄返還の残した基地問題は、中国との対立に直結し、それは台湾問題が不可分に関わる。何よりいずれも日米関係を抜きに語れない。

半世紀前なぜ「正常化」し、「返還」されなければならなかったのか、同じ年に沖縄が日本に戻り、日本と中国が握手したことは、いかなる意味をもったのか。それがどんな転変をへて、現状にいたったのか。そして、今昔の報道姿勢はどうなのか。

ジャーナリズムは社会の木鐸(ぼくたく)、目前の米中対立のさなか、沖縄をいかに処遇し、台湾・中国といかに向き合うのか、は日本の針路に直結する。世間の関心に迎合ばかりでは、木鐸の名に恥じないか。

もっとも半世紀前ならぬ現代の記者では、「木鐸」という漢語を知らないかもしれない。それでも、かつて「友好」を煽(あお)った50周年の節目くらい、そんな自他の来し方行く末を問いなおしてはいかがであろうか。

【プロフィル】岡本隆司

おかもと・たかし 昭和40年、京都市生まれ。京都大大学院文学研究科博士課程満期退学。博士(文学)。専攻は東洋史・近代アジア史。著書に「『中国』の形成」など。

会員限定記事会員サービス詳細