書店バックヤードから

芸術の秋に「音」を読む

(左から)『蜜蜂と遠雷(上・下)』(恩田陸著/幻冬舎文庫)、『革命前夜』(須賀しのぶ著/文春文庫)、『ボイジャーに伝えて』(駒沢敏器著/風鯨社)
(左から)『蜜蜂と遠雷(上・下)』(恩田陸著/幻冬舎文庫)、『革命前夜』(須賀しのぶ著/文春文庫)、『ボイジャーに伝えて』(駒沢敏器著/風鯨社)

にぎやかな蟬しぐれや祭りのお囃子が夏とともに過ぎ去り、秋がやってきました。しっとりとした穏やかな音が恋しくなる季節です。今回は「音楽」をテーマに書店員さんに選書してもらいました。本から聞こえてくるさまざまな音やメロディーに耳をすませてみましょう。(司会は文化部・田中佐和)

紀伊国屋書店梅田本店 百々典孝さん選

・『蜜蜂と遠雷』(恩田陸著/幻冬舎文庫)

・『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』(青山通著/新潮文庫)

・『音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学』(大黒達也著/朝日新書)

百々典孝 私は本屋大賞と直木賞両方を初めて受賞した『蜜蜂と遠雷(上・下)』を選びました。

『蜜蜂と遠雷(上・下)』(恩田陸著/幻冬舎文庫)
『蜜蜂と遠雷(上・下)』(恩田陸著/幻冬舎文庫)

百々 ピアノコンクールの頂点を目指す人たちの青春ドラマです。何がすごいかって、恩田陸は音楽のすばらしさを言語化することに成功している。もはや発明です。その曲をどんなテンポでどんなふうに奏でているかがつぶさに描かれ、その表現性の豊かさと深さが見事。本を読んでいるというより「聴いている」という錯覚を覚えます。主人公たちがリスペクトし合って上っていく様子にも心を打たれます。

田中 百々さんはクラシックは聴きますか。

百々 いえ、でも知らなくても想像の中で音が聴こえてくる本です。

田中 もう1冊のウルトラセブンはこれはまた男性が好きそうな…。

百々 著者は7歳のときにセブンの最終回で流れた音楽に衝撃を受け、その曲を探し求めます。後にシューマンの「ピアノ協奏曲」だとわかるんですが、誰の指揮する誰の弾くピアノ協奏曲か、にたどり着くまでがミステリー小説のようで。セブンの音楽監督へのインタビューもセブン好きにはたまりません。

ジュンク堂書店大阪本店 佐々木梓さん選

・『革命前夜』(須賀しのぶ著/文春文庫)

・『ミュージカルの歴史 なぜ突然歌いだすのか』(宮本直美著/中公新書)

・『音楽の危機 《第九》が歌えなくなった日』(岡田暁生著/中公新書)

佐々木梓 私は『革命前夜』です。冷戦終了直前の東ドイツに留学してきた日本人の音大生が主人公で、北朝鮮やベトナムの留学生との音楽を通じたやり取りや、東ドイツの青年たちの葛藤を描いたエンタメ小説です。

『革命前夜』(須賀しのぶ著/文春文庫)
『革命前夜』(須賀しのぶ著/文春文庫)

田中 当時の東ドイツはどう描かれているのでしょうか。

佐々木 常に監視され密告されるという重苦しい空気が漂います。反社会主義的な運動をしている学生も、秘密警察とつながっている人も一つのコミュニティーの中に存在する。相いれないし価値観も違うけれど、音楽のことを語るときは明るくて通じるものがあって、そのコントラストが不思議な感じです。

田中 音楽が持つ力が伝わってきそうですね。さて、ミュージカルを普段取材している身としては2冊目も気になります。

佐々木 副題の「なぜ突然歌いだすのか」は素朴な疑問だと思います。この本はミュージカルの歴史の解説書で、イタリア発祥のオペラがどんな経緯で米国に持ち込まれ、いかにして今のミュージカルの形ができたかという話が書かれています。アニメやゲームを原作とする日本独自の「2・5次元ミュージカル」の話もありますよ。

中川和彦(スタンダードブックストア) ミュージカルといえば僕、昔ブロードウェーで「シカゴ」を見たんです。英語やからいまいちわからないんやけど、終わったときに突然涙がボロボロ出てきてね。歌というか音楽というか、舞台そのものが持ってるエネルギーかなあ。感動した。

佐々木 戦争中も音楽は求められましたし、新型コロナウイルス禍ではコンサートなど不要不急だといわれた時期がありましたが、やっぱり音楽は生きる上で必要だと思いますね。

スタンダードブックストア 中川和彦さん選

・『ボイジャーに伝えて』(駒沢敏器著/風鯨社)

・『エチオピア高原の吟遊詩人 うたに生きる者たち』(川瀬慈著/音楽之友社)

・『ピーター・バラカン音楽日記』(ピーター・バラカン著/集英社インターナショナル)

中川 僕は、音楽というか音がキーワードになっている小説『ボイジャーに伝えて』にしました。「セント・ギガ」っていう風とか虫の音とか自然の音を録音して流す変わったラジオ局が昔あったんだけど、それに影響を受けた主人公が仕事を辞めて旅に出て、音を採取していく物語です。やがて沖縄にたどり着くんですが、音楽そのもののことというよりも、自然の音や旅を通じて見つめる死生観のことが書いてある。

『ボイジャーに伝えて』(駒沢敏器著/風鯨社)
『ボイジャーに伝えて』(駒沢敏器著/風鯨社)

田中 静かな本というイメージでしょうか。

中川 深くて静かなエネルギーに満ちている。沖縄の持つパワーや神や自然を感じられます。ただ、主人公も周りにいる人もすごくピュアで、誘われるように死に寄っていく。そういう危うい感じもある。めっちゃ繊細な本で、僕が読むにふさわしいのかわかりませんが(笑)。

田中 2冊目の「エチオピア高原の吟遊詩人」はエチオピアの音楽の芸能集団「アズマリ」などについて書いた本です。

中川 マシンコという弦楽器を弾き語る人たちで、お客さんのリクエストに応えたり、社会を風刺する歌を即興で歌ったりする。旋律が何となく日本の演歌に似てるんです。世界的なミュージシャンになっている人もいて、とにかくエネルギーを感じる本で面白いです。


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