武村正義元官房長官が死去

武村正義氏
武村正義氏

官房長官や蔵相(現財務相)などを歴任した武村正義氏が9月28日に滋賀県内の病院で死去した。88歳。葬儀は親族ですでに行った。関係者が1日、明らかにした。

昭和9年、滋賀県玉緒村(現在の東近江市)生まれ。東京大経済学部を卒業後、当時の自治省に入省。政治の道に進むため45年に同省を退職し、翌46年、郷里の滋賀県八日市市長となった。49年の滋賀県知事選に立候補し、連続3選。知事在任中、琵琶湖の水質汚染を防ぐため、有りん合成洗剤の使用・販売を禁止する条例(通称・びわ湖条例)を制定した。

61年の衆院選で当選して国政に進出。平成5年6月、鳩山由紀夫氏(元首相)らと自民党を離党し、政治改革を訴えて新党さきがけを結成し、代表に就任した。直後の衆院選を経て誕生した細川護熙内閣で官房長官に就き、翌年にできた村山富市氏を首相とする自社さ政権では、蔵相として入閣した。

細川政権で導入が決まった衆院小選挙区比例代表並立制については後年、産経新聞の取材に、「率直に言ってちょっぴり後悔している。日本人の政治体質に合っていないのではないか」と語っていた。

政界引退後は日中友好沙漠緑化協会会長を務め、中国で植林活動などに取り組んだ。

会員限定記事会員サービス詳細