「昭和プロレスの終焉」 ファンも猪木さんとの別れ惜しむ

ストロング小林に卍固めを決める、ありし日のアントニオ猪木
ストロング小林に卍固めを決める、ありし日のアントニオ猪木

アントニオ猪木さんが1日に79歳で死去したことを受け、関西のプロレスファンからも「一つの時代が終わった」と、別れを惜しむ声が聞かれた。

昭和プロレスゆかりの品々を展示する京都市左京区の個人美術館「憩いのリング」。館長の湯沢利彦さん(58)は「人生観にも影響を与えてくれた。猪木さんは人生の全てであり、道しるべだった」と、あまりに大きな存在だった猪木さんの死を悼んだ。

闘う姿、果敢に道を切り開く生き方-。「自分が一歩踏み出せないようなとき、いつも奮い立たせてくれたのが猪木さんだった」と湯沢さん。自身を「ファンというより『信者』だ」と語る。

猪木さんとの日本選手対決で話題を集めたストロング小林さんも昨年12月に81歳で死去。「昭和の巌流島」とも呼ばれた名勝負に心を躍らせた湯沢さんは「昭和プロレスが終焉(しゅうえん)を迎える。本当に悲しい」と話し、「できるならクラウドファンディングのようにプロレスファンの時間を猪木さんに提供し、もっと長生きしてもらいたかった」と漏らした。

大阪市都島区の会社員、中西耕平さん(35)はゲームソフト「闘魂烈伝3」で猪木さんのファンに。「プロレスといえばアントニオ猪木。『ストロングスタイルの象徴』と呼ぶにふさわしい存在だった」とたたえた。

今年は猪木さんが昭和47年に新日本プロレスを立ち上げてから50年の節目。だが3月にあった「旗揚げ記念日」大会にも、闘病中の猪木さんの姿はなかった。中西さんは「リング上での雄姿をまた見たかった。永遠にかなわず本当に残念」と惜しんだ。

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